「ありとあらゆる抜け道を探し続けた」元救世主の欺瞞 ダービー・カウンティ、土俵際へと追いやられた人々と紡がれた歴史 - EFLから見るフットボール

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「ありとあらゆる抜け道を探し続けた」元救世主の欺瞞 ダービー・カウンティ、土俵際へと追いやられた人々と紡がれた歴史



9月17日夜、ダービー・カウンティが破産申請に入るとの一報は、ある債権コンサルタントによるLinkedInでの投稿から地表へと姿を現した。


フットボールクラブの破産。それは数多の要因が積み重なった先に待ち受ける最終局面たるイベントであり、クラブに関わる多くの人々を絶望のどん底に突き落とす事態に他ならない。


近年のEFLに悪い意味での話題を振り撒き続けてきたクラブとオーナーは、突如として発表した長文のプレスリリースの中で、この世に存在する自身の行い以外の万物にその責任を求めた。




これはコロナのせいでも、EFLのせいでも、結果を出せなかった選手のせいでもない。


自身が愛したはずのクラブを玩具に見立て、私利私欲を満たすためだけの行動を取り続けた、メル・モリスという男の浅薄さに起因する人災である。


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嘘と責任

多くの選択肢の中からここで物語のスタート地点とするべきは、9月17日午後8時にダービー・カウンティ公式HPに掲載されたプレスリリースであろう。


今回の出来事について筆を取る上では、まずこのリリースの全文を載せることに大きな意味があると考える。


Derby County Board Of Directors Statement 17th September 2021


「ダービー・カウンティFCとそのグループ会社全社は、本日管財人を任命する意向を示す書類を提出しました。このアクションは直近で発生したいくつかのイベントによって不可避となったものです。いくつかの問い合わせがあったのにも関わらず、先週の段階でクラブの購入者を見立てる見込みは完全に絶たれました。新型コロナウイルスによるパンデミック下で収入源が大きなダメージを受け、現状クラブ運営における日々のオペレーションを遂行することは困難な状態にあります。経営陣がクラブを守るために取るべき選択肢は、これ以外にありませんでした」


「皮肉なことに今後の財務予測では、財務的にサステナブルな状況への好転を示唆する予測が出ています。今のような世の中でなければ、間違いなく近いうちに収支は黒字になっていたでしょう。しかしながら、パンデミックの影響とそれがもたらした誰もが未経験の状況は、クラブにとってあまりにも大きな負担となっています。クラブの収益とキャッシュフローは約2,000万ポンドの打撃を受けました。今シーズンの収益にもマイナスの影響は出続けています。他の分野とは異なり、フットボール界の支出の大半は一時帰休の状態に置くことが不可能な選手の給料だったため、コストベースをわずかに削減することしかできません。広く知られる通り我々は大幅な賃金カットを行いましたが、これによる大きな効果が現れるのは今シーズン以降のことです」


「またロックダウンにより、クラブ購入希望者の多くと直接面談する機会も奪われました。2020年1月に完了する予定だったクラブとスタジアムの売却計画は、約9ヵ月後に却下されたEFLによる告発によって頓挫しました。P&S規制に関する訴訟や告発が続いたことで、クラブの将来への不確実性が増し、ほとんどの交渉が難航しました。またこれに関連し、EFLはPAYE(源泉税)の支払いを目的に他のチャンピオンシップのクラブへ提供された約830万ポンドの資金援助を我々が引き出せないようにし、クラブの資金繰りと支払い能力をさらに悪化させました。この件について、現在もEFLからの反応はありません。これはクラブ、サポーター、そして来たるべき次のオーナーにとって重要なものです」


「サポーター、スタッフ、そして特に債権者の皆さまには、このパンデミックの間、クラブの購入者を探すためのご協力をいただいたことに感謝いたします。オーナーは2019年6月から始まったこの長期に渡るプロセスの間、多額の資金をクラブに提供しました。特にMSD Partners社には多大なご協力をいただき、2020年8月に提供された当初のローンをはるかに上回る追加の資金援助を、今年に入ってからも提供していただきました。サポーターの皆さまには引き続きご心配をおかけすることになりますが、特にこの困難な状況下にあっても並外れた仕事を続けるウェイン・ルーニー率いる選手たちとクラブスタッフには、従前と変わらぬサポートのほどをお願いしたく存じます。このようなサポートは、新しいオーナーを探す上でも、非常に大きな力となることでしょう」


「EFLにはクラブと管財人を可能な限り支援していただくようお願い申し上げます。このような状況がどれほど悲惨なことか、言葉では語り尽くせません。オーナー、取締役会のメンバー全員、そしてスタッフ全員は、皆真のダービー・カウンティのサポーターです。管財人による監督の下で、彼らのクラブ売却に向けたプロセスを手助けするために、我々も最大限の努力を続けていきます。今後は管財人が任命され次第、スタッフとサポーターに対してプロセスの全容とタイムスケジュールをお知らせする手筈になっています」



直接書いたわけではないにしろ、この一見決意に満ちた声明の文責は、当然クラブオーナーのメル・モリスにあると考えるのが妥当だ。


そしてどうやら彼は、「一つの文章の中にどれだけの嘘を盛り込めるか」というゲームに興じていたようである。




ダービーが現在の状況に至った経緯を整理しよう。


2014年からダービーに関わっているモリスは、2015年にクラブの筆頭株主となり、単独でのオーナーに就任した。彼はインターネットやゲーム関連のビジネスで多額の富を成した実業家で、地元出身のダービーファンでもあった。


第一に強調すべきは、彼がオーナーに就任してからの3年間で、ダービーは実に合計6600万ポンドもの額を選手の給与支払いに費やしたことである。17/18シーズンの給与総額は4780万ポンドにも上り、これはクラブ総売上高の161%に相当する到底持続可能性のない数字だった。


そうなれば当然、クラブの眼前には3年間で3900万ポンドの支出を上限とするEFLのProfitability and Sustainability (P&S) ルールが最大の障壁として現れる。これへの対策としてモリスが編み出したのが、1)減価償却の独自採算、2)スタジアム売却、という2つの「魔法」である。


以前当ブログでも解説し、その後何度もTwitterなどで続報を報じてきた通り、このダービーのアクションはEFLからの大きな反発を買った。事態は泥沼化し、告発から1年半以上が経った今でも、係争は未だ最終決着を見ていない。



もっとも、これらの過剰支出はチームがプレミア昇格を逃し続けたことでモリス自身の首を絞めることにも繋がり、彼は2019年の段階からチームを売りに出す意思を明確にしていた。


実際、二度の売却合意にも至った。しかし2020年11月に合意したDerventio Holdingsシェイク・マンスールのいとこが代表を務めるアブダビ拠点の企業)、2021年4月に合意したエリック・アロンソ(シェフィールド・ウェンズデイの経営に参画していたビジネスマン)はいずれも十分な財源の証明に失敗し、EFLによるOwners’ and Directors’ Testに不合格となった。


この他にも多くの申し出があったとモリスは語るが、昨年からローンを融資しているアメリカのMSD Holdings(Dellの創業者マイクル・デルが設立したベンチャーキャピタル)やスイスのコンソーシアムも含め、現在までに売却交渉がまとまることはなかった。




ここまでは極めて簡略化した説明となったが、それでもなお、上記したリリースには数多もの嘘がまぶされていることがわかるだろう。


総じて言えば、どう考えてもこの破産申請は、「パンデミックの影響」なるものによって引き起こされたわけではないのである。



記録に残る一つの厳然たる事実として、ダービーに対しては2020年1月の段階で、税金未払いによってHMRC(歳入関税局)から清算請求が出されていた。もっと言えば、子供騙しにもならないようなプライド・パークの8000万ポンドでのセルフ売却がなければ2018年の段階でFFPにも抵触していたし、2019年の段階で彼はクラブを売りに出している。


また、果たしてコロナ禍において特別な状況に置かれたクラブが他にあっただろうか?これもパンデミックとは関係のない理由だったウィガンを例外とすれば、2020年3月以降に破産したEFLのクラブは一つとして存在しない。


モリスはEFLからの830万ポンドを巡る悪質な嫌がらせを何とも劇的なタイミングで発表したが、EFLは即座にこれに対して声明を出し、ダービーが期限までに融資を受ける基準を満たすことができなかったからだとして、彼の訴えを退けた。

ダービーのこれまでの行いを考慮すれば、どちらの言い分を信じるべきかは明白だ。




その上でより重大な疑問として浮かび上がるのは、なぜこのタイミングで破産申請を行ったのかという点である。


もちろんダービーの経営がいずれ立ち行かなくなるのは目に見えていたので、クラブ売却がなされない限り、破産自体は時間の問題だった。

しかしモリスがリリースで記したように、「直近で発生したいくつかのイベントによって不可避となった」のかどうかは甚だ疑わしい。


一時は別の意味で栄華を極めたチームの給与総額は、現時点でピークの頃の半分近くにまで下がっているとされる。そしてインターネットを中心としたモリスの本業や他のビジネスは、当然コロナ禍による影響を大きく受けるようなものではない。


土曜日に放送されたBBCラジオダービーによるインタビューにおいて、モリスはこれまでのクラブ運営を通して2億ポンドもの損害を出してきたと語り、サポーターの同情を引こうとした。


しかし2020年6月に発表された(現状最新の)”Times” の英国長者番付において、彼は5億1500万ポンドの資産を有するイーストミッドランズで11番目の富豪に格付けされている。

それからたった1年弱にして、これまでよりも大幅に縮小したクラブ運営費用さえも払えなくなってしまったのだとすれば、彼の周りでは一体どれほどの不運が重なったというのだろうか?


How Derby County owner's fortune compares with PL owners



いずれにせよ、全ての元凶はメル・モリスが過去数年間で行ってきた向こう見ずなoverspendingと、それに真剣に対処することなくルールの欠陥探しに専念した認識の甘さに他ならない。


あるEFLの幹部は、 “Athletic” に対してこのようなコメントを寄せた。


「これほどまでに意地の悪い行動を長い間続けているクラブは見たことがありません。ありとあらゆる抜け道を探し続け、状況を打破するために文字通り全ての手段を使っていました。『結果的にファンが罰されるような形になるのは不公平だ』との声もありますが、では他のきちんとルールの守っているクラブのファンはどう思うでしょうか?」



次に待つ未来

9月22日に公式に管財人が任命されたことで、リーグ規定に則りダービーには即座に勝ち点12の剥奪処分が下された。苦戦が予想された中でこれまで見せてきた予想以上の奮闘も虚しく、シーズンの勝ち点は-2となり、クラブは最下位に転落している。


また減価償却の件(9pts+執行猶予3ptsが濃厚)や給与未払いによる処分も含め、更なる勝ち点剥奪処分が下される可能性も高い。補強禁止処分も続いており、League Oneへの降格は免れない情勢だ。


しかし今はそれさえ大きな問題とは言えない。

現状のダービー・カウンティは「6000万ポンドの負債を抱えたスタジアムを持たない3部降格濃厚なクラブ」であり、彼らが直面しているのは紛れもなく「クラブ存亡の危機」である。




ここで管財人グループが置かれた極めて厳しい立場を整理しなくてはならない。


多額の負債のうち、優先的に返済しなければならないのはFootball creditors (他クラブへの移籍金支払い、選手・エージェントへの支払い)と、HMRCへの未納分の税金支払いである。


ダービーにとっては不運なことに、昨年にイギリス財務法が改正されるまで、HMRCはこのリストの中には入っていなかった。

(皮肉にもこれはコロナ禍によって)国の財政状況が悪化したことで、長年HMRCが訴え続けた企業破産時の税金支払いに関するルールが変更され、彼らが取り立てられる額が大幅に上昇したのだ。


The 2020 Finance Act - a summary of the new business tax measures


これが意味するところは、MSD Holdingsからのローンやメル・モリス自身が負う債務の返済を抜きにしても、約3500万ポンドほどの債務を喫緊のうちに返済しなければならないという極めて危機的な状況である。


さらに救いのないことに、ダービーはフットボールクラブにとって最大の資産であるスタジアムを既に売却してしまっている。プライド・パークは現在、FFP逃れのためにモリスが設立し8000万ポンドで売却したGELLAW NEWCO 202という会社に所有されているが、GELLAWが他のグループ会社同様に破産申請を行ったかどうかについてはまだ判明していない。


また別の問題として、スタジアム(+練習場)はMSD Holdingsからのローン借り入れの抵当に入れられており、もしこれを返済できなかった場合には自動的にMSDへと譲渡される可能性もある。

いずれにせよこれらの状況により、通常2000~3000万ポンドほどの価値を見込めるスタジアム売却という有力なカードが、現状管財人グループには与えられていないのである。



そもそも破産そのものさえタダでできるわけではない。

それは歴とした法的手続きであり、当然多額の費用を要する。


そのため管財人たちは、まずもってこの費用から捻出しなければならない。しかしここで問題となるのが、破産手続きに入った時期と限られたクラブ資産である。



最も直近のモデルケースとなる2020年7月のウィガンの破産時と比較すれば、その差は一目瞭然だ。


ウィガンの管財人グループが第一に行ったことは、プレストンへの練習場の売却交渉だった。(行わなかったが)スタジアムの売却も選択肢の一つにはあり、何より夏の移籍市場で選手を売却することが可能だった。キーファー・ムーアらを安価で売却せざるを得なかったものの、当面の運営資金を確保する上では必要不可欠な動きだったと言えよう。


その点今回はどうか。スタジアムと練習場を勝手に売ることはできず、シーズンチケットも販売済み。SkyからのTVマネーもおそらくは支払い済みで、スポンサー収入も通常はシーズン前払いだ。そして当然、選手の移籍金を受け取るには、最低でもあと3ヶ月は待たなければならない。


管財人たちは9月末に選手の給料を払う必要もある。しかし直近で見込める収入は試合日のアウェイチケットと当日券のみだ。そしてその次に控える最悪の選択肢は、スタッフの人員削減である。


もっとも、選手の売却にしても、今ダービーに在籍しているほとんどの選手の契約は今季限りで満了する。

一部若手に移籍金を見込める選手はいるにしても、足元を見られる可能性は高く、ましてや大幅な戦力ダウンは避けられない。



この超難題に取り組むのは財務アドバイザリー系ファーム “Quantuma” のアンドリュー・ホスキングカール・ジャクソンアンドリュー・アンドロニクの3名だ。


3人の内、ホスキングは2004年のウィンブルドン破産→MKドンズ設立に関わった管財人で、アンドロニクは2010年のポーツマス破産(→2012年に再破産)時の管財人である。



またこの事態に黙っていない他のクラブもいる。昨季ダービーの勝ち点が剥奪されていればチャンピオンシップ残留を果たしていたことになるウィコムは、BBCのインタビューでモリスが勝ち点剥奪の対象となるFFP違反を認めたことを受け、改めて法的手段に出る可能性を示唆した。


会長のロブ・クーイッグが言う。


「今シーズンのチャンピオンシップに参加できなかったことで、約1000万ポンドほどの損失が出ています。諸々のボーナスなども含めれば、1500~2000万ポンドほどに及ぶかもしれません。私はウィコムの会長兼CEOであるだけでなく、1,000人近くのファンから構成され、クラブの25%もの株式を保有するサポーターズトラストに対する責務も負っているのです。指を咥えて2000万ポンドを諦めるわけにはいかないでしょう」


「彼(モリス)にはプライドの問題があるように見えました。きっとチームのためにと思ってやったことが止まらなくなってしまったのでしょう。しかしウィコムの代表者としての立場から言えば、正直なところ怒りを禁じ得ません。こうなることは昨年の段階でわかっていたはずですし、その上で可能な限りの引き延ばし工作を行ったわけです。結果として彼らはチャンピオンシップに残り、チャンピオンシップマネーを手にした上で、我々をLeague Oneへと追いやりました」


「最も恐ろしいのは、長い歴史を持ち、リーグ創立メンバーの一角でもあるダービーのようなクラブが、このような危険な状況に晒されていることです。『だってダービーなんだから誰かが買うはず』と言う人もいますが、今シーズン彼らはいったいいくつの勝ち点を剥奪されるのでしょうか。もっと言えば、来シーズンに適用される処分もあるでしょう。そうなった場合、5000万ポンドの負債を抱えたLeague Twoのチームを買う物好きが、この世にそういるとは思えません」


Wycombe consider legal action over Derby



残されたものたち

いみじくもモリスがリリース内で記していたように、フットボール界は特殊な業界だ。それぞれのクラブがそれぞれの地域コミュニティと深い繋がりを持ち、多くの人の生活に大きな影響を与える。


破産申請のアナウンスから間もなく1週間が経つ。皆が眠れぬ夜を過ごす日々が続く。



アナウンスの翌日、ストーク戦を前にしたインタビューの場で、監督のウェイン・ルーニーはテレビの報道で破産申請の事実を知ったことを赤裸々に語った。クラブの顔の一人として直面する困難に立ち向かう彼について、あるクラブ内ソースはこのように語る。


「ルーニーには何も変わった様子はありません。ストーク戦を前にしたMTGの場で彼は、『絶対に君たちを見捨ててクラブを離れるようなことはしない。共に闘い、共に立ち上がろう』と語っていました。数週間前に退団することもできたそうですが、まだ熱意は全く失われていませんよ」


しかし一方で、23日に行われたシェフィールド・ユナイテッド戦前の記者会見では、モリスに対して反旗を翻す発言を行った。


「先日チームに対して彼から45分間ほどの説明の機会を設けられました。個人的には十分に誠実なものではなく、心に響くものでもなく、正直に話しているとも感じませんでした。もちろん彼はもうここの人間ではないので、深く考えないようにします。彼とちゃんと話したのは8月9日以来で、1on1では直接会っていないのはもちろん、電話も、テキストメッセージすら来ていません。Nothingです」


Wayne Rooney turns on Mel Morris as Derby face up to additional points deduction


ルーニー同様、選手たちも第一報をファンと同じタイミングで知り、公式HPに掲載された声明がWhatsappグループを通じて共有された。声明をグループに載せた選手は「これ、12ポイント剥奪だよね?」と添えたという。

彼らには既にPFAが接触し、今後起こり得る様々な事態への対処法のレクチャーなどを行っている。


このような状況下での移籍となれば、選手たちは買い叩かれることになり、行き先についても発言権を与えられない可能性が高い。


それは間違いなく酷な状況だが、より厳しい立場に置かれるのは、職を失う可能性がより高い裏方のスタッフたちである。増してこのパンデミック下にあって、雇用市場のパイはまだ回復していない。住宅ローンの支払い能力が、日々の食事が、家族の幸せなクリスマスが、この破産によって奪われるかもしれないのである。



そして悲しみはクラブハウスを飛び出し、街全体へと広がっていく。


「私たちはここで10年間露店を構えていますが、まさに史上最悪の時期ですね」


「皆がLeague Oneの話をしています。何とかして明るい材料を見つけたいところですが、どうしようもない雰囲気ですよ」


プライド・パークへと向かう道の途中でハンバーガーを売っているニッキー・ルイストニー・メイは、そう寂しげに言う。



「ファンは怒り、そして打ちひしがれています。キックオフ前にスタジアムの周りを歩いていたら、ある警備員は『給料が貰えないんなら俺は辞めるぞ…』と呟いていました。そういう話題が場を支配しています。悲劇的な日です。誰も先行きはわかりません。こんな悲しい思いをしたのは過去たった一度、ブライアン・クラフが亡くなった時だけです。選手たちにはプライドを持って戦ってくれること以外何も求められません。彼らがより良いクラブを見つけられることを願っていますよ」


1965年からマッチデイプログラムを売っているピーター・カーターがこう言えば、同じくクラフの時代を知る同年代の友人ボブ・コッタンが続ける。


「破産すること自体は予想できました。悪いのはメル・モリスですから。サポーターでさえ、ずっと道を踏み外してきているという自覚は持っていたと思います。それがどれほど大きな間違いだったのか、我々は知ることになります。コロナが原因で破産したクラブなんて、未だかつてないんです」



The Ramswriter podcastを配信しているサイモン・ロングも、モリスに対する怒りを爆発させる一人だ。


「声明を見た時、本当に腹が立ちました。彼にとっては過ちを認める良い機会だったと思います。たった一語、“I apologise”, あるいは“sorry”. そう書くだけでよかったのです。多くのファンはもう今シーズンを諦めました。12ポイント剥奪ですから。奇妙なことですが、プレッシャーはありません。残留なんて無理です。でも、我々はリーグ創立メンバーのクラブです。破産したとはいえ、買い手は現れるものと思っています」


Derby County: 'The circus continues'



アウェイも含め20,000人以上のファンが詰めかけ、これまでと同様の、いやこれまで以上の声援を送ったストークとのホームゲーム。アカデミー出身、この日21歳の誕生日を迎えたマックス・バードによる実に象徴的なプロ初ゴールなどで、ダービーは感動的な勝利を収めた。


スタッフの一部はこの日、選手たちが彼らと共に戦う意思を言葉で示したことに感激し、より一層の団結を誓い合ったという。


言うまでもないことだが、この日スタジアムの駐車場にあるメル・モリスの占有スペースに、彼の車が駐車することはなかった。




数々の禍根と癒えることのない傷を各所に残し、メル・モリスはダービー・カウンティの経営から身を引いた。


いや、「身を引いた」というより、「逃げ去った」と言った方が適切かもしれない。



彼は事あるごとにローカルクラブ、ダービー・カウンティへの愛を公言してきた。

実際に2億ポンドもの投資を行ったのはクラブをプレミアリーグに導くためだったし、EFLやミドルズブラのスティーヴ・ギブソンをはじめとした他クラブの代表者と激しく対立したのも、ダービーのためを思った行動だったのだろう。


しかし最後、彼が幕引きにあたって表出させたのは、血も涙もないビジネスマンとしての横顔だった。彼はクラブの長期的な将来ではなく、自らの投資へのリターンを優先させ、損切りというほかない行為に打って出たのだ。


第三者の目線から見れば、それは極めてカジュアルな行動に移る。誰の目にも明らかな彼自身の過失を認めず、徹頭徹尾被害者ぶってありとあらゆるものに責任をなすりつける一方で、誰も得しない状態でクラブを絶望的な破産状態に置いた。


それはビジネスマンとしてはクレバーな行動かもしれない。しかし人道的な行動とは到底言い難い。9月にクラブを破産させたことで、必要以上に多くのスタッフのジョブステイタスが危機に瀕している。クラブの厳しい状況が日々報じられる中で、世界中のファンが心を痛め、多大なストレスを感じている。


彼が真のフットボールファンなのであれば、この事の重大さをすぐに理解できるはずだ。




お馴染みの “Price of Football” ことリヴァプール大学のキーラン・マグワイア講師は、今回のモリスの行動についてこう見解を述べた。


「クラブがHMRCに3000万ポンド近くもの債務を抱えているのは、週給予算を決めたメル・モリスの責任に他なりません。彼は『よし、あの選手たちが欲しいから、給料に使う額をレベニューの80%から150%にしよう』と決めた人間です。今彼は『私はクラブを昇格させたかった』と言っています。それは良い野心ですし、もちろん問題ありません」


「しかしもし、そのギャンブルとしか言いようのない行為がうまく行かなかった時に、『ああそうか、悲しいね、じゃあ私はさようなら』と言うのであれば大問題です。今の彼はまさにこの状態で、私に言わせればそれは最低最悪のやり方だと思います」



メル・モリスは戦いに敗れた。戦いに敗れ、責任を取ることなく、身代わりに選手・スタッフ・そしてクラブのことを想う全ての人々を差し出した。


自己申告以外に、彼が実のところどれほどの金額をダービーに投じたのかを知る術はない。

なぜならダービーは、18/19シーズン以降EFLとの係争を理由に、イギリス会社法で定められた義務である財務諸表の公開を行っていないからだ。



結局のところ、彼はルールを作る側の人間ではなく、ルールに従わなければならない立場だった。EFL全72クラブの責任者の中で、そんなことすら理解できていなかったのは、モリスくらいのものだろう。

結果として彼はクラブを去ることを余儀なくされ、ある程度悲しい思いをした。


それでも、モリスの比較的恵まれた生活は続いていく。自らの意思で破産申請を行ったことにより、多少の損はあったにしても、今日以降も彼は暖かい布団で良い夢を見ることができるはずだ。





モリスが残したダービー・カウンティは、クラブとしての重大な局面を迎えている。


今日もどこかで、不特定多数の善良な魂が、その巨大なツケを払わされるのである。


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参考リンク


Derby officially enter administration


Inside Derby's 'admin bomb': What now for players, Rooney and the club? Can it survive?


In all the noise of Derby County's administration, remember those who stand to lose the most


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