“We cannot be another Bury FC” バーミンガム・シティ、混迷の10年と未知なる明日への物語(後編) - EFLから見るフットボール

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“We cannot be another Bury FC” バーミンガム・シティ、混迷の10年と未知なる明日への物語(後編)

 


前編はこちら


前編で描写したのはバーミンガム・シティを取り巻く複雑怪奇な状況のごく一部に過ぎない。ピッチ上、ピッチ外で繰り広げられるファンにとって耐え難い状況には、当然のことながら、それを再現性のあるものたらしめる元凶がある。


引き金が引かれている場所は、ウェストミッドランズどころかイギリスでさえない。

遥か極東、香港の地に、その混乱の出発点は存在している。


後編では、プロ顔負けのプロパーなジャーナリズムを自身の個人ブログで発信し続けてきたダニエル・アイヴリーによる調査報道を参照しながら、バーミンガムを現在の状況に至らしめるオーナーシップの問題を紹介する。



スパゲッティ・ジャンクション

スパゲッティ・ジャンクション。もともとは複雑に絡み合ったバーミンガムのM6高速道路、Gravelly Hill Interchangeを指す言葉だが、それに負けずとも劣らぬ屈折した光景がフットボールクラブのボードルーム内に存在していることは、大衆が広く知るところではない。



ここでもやはり、まずは時系列に則った説明を行う必要があるだろう。


BCFC Ownership: A Spaghetti Junction Problem


時は2014年12月、依然としてクラブはカーソン・ユンの手中にあった時代。こちらも不人気を極めたCEOのピーター・ペンヌが酔った勢いでオンライン上でインサイダー情報の暴露を行い、香港株式市場におけるクラブの持ち株会社Birmingham International Holdings(当時、この後改称し現在のBirmingham Sports Holdingsとなる)の株取引が停止された。


この時ユン、ペンヌとの内戦を制し、管財人の任命を決めたのが、前編にも登場したパノス・パヴラキスだった。彼の管轄下で新たな所有者の選定を行う管財人となったのが、Ernst and Youngである。


この局面においてEYの最大のプライオリティとなるのは、行動のリソースを持たないBSHの少数株主の利益である。売却先の公募において、大半のビッダーがクラブ買収のみの申し出を行った中、持ち株会社への入札を行った団体は一つしかなかった。当然EYはその団体、Trillion Trophy Asiaを売却先に選定した。

ユンによる必死の法廷闘争も虚しく、TTAは2016年10月、(BSHの掌握により自動的に)バーミンガム・シティの筆頭株主となった。



TTAを率いるのは、ポール・スエンという中国のビジネスマンだ。彼のビジネスモデルは一貫しており、底値を打った株式を購入し立て直した上で転売し、そこから利益を得るというものだった。


そのためスエンは、フットボールクラブの運営には一切興味を持っていなかった。株式の信頼を回復するため一時的には自らの資金を投入したが、それは長期的な継続可能性を持つものではなかった。



2017年、BSHは2つの会社から多額の借り入れを行っている。Dragon Villaなる会社から8月に1億香港ドル(約14億円)、Chigwell Holdingsなる会社からは10月に1億5000万香港ドル(約21億円)。これらは例えるならば2つの銀行口座を作ったようなもので、返済期限もなかったが、それでも資金はすぐに底を尽きてしまった。


12月、両社からの借り入れが限度額に達したことで一定額の返済を迫られたBSHは、新たな策を実行に移した。負債額分の新たな株式を発行し、格安で販売することによって、それを事実上の借金返済としたのである。この時Chigwellには5億株、Dragon Villaには7億1429万株が発行され、その分TTAを含む他の株主の支配比率も下がった。


しかしこの後もBSHの資金繰り問題は続いたため、Dragon Villaは再三に渡り貸し付けを行い、その度に億単位での株式発行を受けた。2018年6月の段階で、Dragon Villaはクラブで2番目に大きい株式比率を占めるまでに至っている。



株式を多く発行することによって見込める効果、それは主に2つ存在する。


1つは多くの企業を介入させることにより、他の投資家(この場合ファンも)に誰が実権を握っているのかをわかりにくくさせられること。

そして2つ目はその延長線上として、第三者による参入・買収の余地を限りなく低くできることだ。


当事者がこの動きによって利益を得る仕組みを知る上では、株式時価総額(株価×発行済株式数)を用いて比較を行うのが手っ取り早い。


例えば2016年10月にポール・スエンが実権を握った時、BSHの発行済株式数は53億9376万4429株だった。株価は0.08香港ドルで、BSHの時価総額は4億3150万1154香港ドル、日本円にして約61億円程度だったことになる。


そしてスエンは70.92%の株式を取得していたため、彼が所有するBSHの株式価値は431,501,154×0.7092=306,020,618となり、日本円にして約43億円だった。


それが2021年現在では、BSHの発行済株式数が182億2642万2508株にまで増加した。9月17日現在BSHの株価は0.15香港ドルとなっており、時価総額は27億3396万3376香港ドル、日本円で約386億円である。


スエンの所有する株式比率は29.75%まで下がった。にもかかわらず、彼の所有する株式の価値は8億1335万4104香港ドルで、日本円にして約115億円に跳ね上がっているのである。

これが初期投資や2019年の株式追加購入時に費やした金額をカバーして余りあることは、もはや言わずもがなだろう。


同様にDragon Villaは度重なる株式の発行により約45億円以上の儲けを出しているし、カンボジアでの不動産事業(詳しくは後述する)で株式の発行を受けたGraticity Real Estate Development Ltd(GRED)は約36億円以上の黒字を現在までに計上していることになる。



確かにこれらのon paperでの価値は、実際の紙幣価値と完全に同じ意味を持つものではない。しかしこの数字は別の投資や会社運営において大きなクレディビリティとなるものであり、間違いなく所有者自身にとって貴重な意味を持つことにも変わりはない。


こうして現在のバーミンガム・シティは、香港株式市場への上場という印籠の力でもって、関係者全員にとっての「金のなる木」と化しているのである。


同時にこれは、現在のオーナーシップ体制が部外者の侵入を一切許さぬ鉄壁の牙城と化しており、外部からの内部実態の把握さえとてつもなく困難な状況に至らしめていることも意味している。





影の支配者


とはいえ次に浮かび上がるのは、「株主がそれほど多くいるのなら、その中での内輪揉めが起きてもおかしくないのでは?」という疑問である。


この疑問に答えるためには、バーミンガムを取り巻く一連の事実関係を整理する上での最重要人物の存在に立ち入らなければならない。

その男の名はワン・ヤオフイ、またの名を “Mr King” と言う。



アイヴリーによる執念深い調査が行われていなければ、Mr Kingによるクラブ運営への深い関与の実態は未だ明らかになっていなかったかもしれない。

過去公にされてきたバーミンガム・シティに関連する書類の上では、ワン・ヤオフイの名前などどこにも記載されてこなかったからだ。


しかしインターネット上に点在する種々のオープンソースから謎多きオーナーシップに関する情報を探し続けたアイヴリーは、ある興味深い発見に辿り着いた。

それはBSHに貸し付けを行い、結果として株式の発行を受けたほぼ全ての会社の経営者が、例外なくMr Kingと密接な関係を持っているという事実である。



例えば、最初にBSHに対して多額の貸し付けを行ったChigwell Holdingsの登記上の住所には、Mr Kingが経営に参画する鉱業採掘会社が入居している。また2017年5月までChigwell Holdingsの取締役として登録されていたレイ・ストンなる男は、他でもないDragon Villaの代表登録者だ。


HK: The Elusive Mr King Part V


GREDの代表者は、中国系カンボジア人のヴォン・ペッチなる男だ。彼は2020年10月に同じく代表を務めるOriental Rainbow Investments (ORI) というヴァージン諸島に拠点を置く会社を通して、クラブの21.64%、スタジアム運営会社(以前この記事で登場したFFP逃れのスタジアム売却によってできたもの)の25%の株式も購入している。


この契約は少々奇妙なもので、ORIはクラブの21.64%の株式だけでなく、クラブがBSHに対して負っていた負債の21.64%(時価総額にして1億1000万ポンドほど)も同時に買い取った。またクラブが今後3年間で負う負債に関してもORIが全て肩代わりし、その代わり期間中にクラブが昇格した場合には1年で最大3000万ポンドのボーナスを受け取るという条項も含まれていた。



一見すればクラブにとっていいことずくめの契約だが、ここでもちらつくのはMr Kingの影だ。


何を隠そうヴォン・ペッチもまた、Mr Kingのフロントマンと考えられているのだ。契約が発表された当時、アイヴリーは香港において外国企業として登録されているヴァージン諸島拠点の同名の会社を発見した。その登記された住所は、ヴァージン諸島における Mr Kingのオフィスのアドレスだった。


またペッチはCambodian Natural Gas Corp (CNGC) という企業のダイレクターを務めているが、北京で行われたこの企業の「最高経営陣」による会合にMr Kingが参加していることを確認できる写真が存在している。さらにCNGCの株主にはAsia Pacific Energy Holding (Singapore) pteという企業があるが、登記上のこの会社の会長はMr Kingだ。


さらにGREDの過去のダイレクター一覧には、ワン・ソカなる男の名前がある。これはMr Kingのカンボジアパスポートにおける名前だと考えられており、こちらにも偶然の一言では済まされない密接な関連が浮かび上がる。



これ以上ややこしい話をしても仕方ないので詳細は割愛するが、今年に入って新たにBSHの株式を大量発行されたGlobalMineral Resource Holdings Ltd, そしてJoinSurplus International Ltdという会社の代表者2名に関しても、登記上の記録からMr Kingとのリンクが見つかっている。


The Elusive Mr King Part VIII


また4月にスタジアム運営会社の残りの75%の株式を全て買い取ったヴァージン諸島拠点の投資ビークルAchiever Global Group Ltdの代表者、カン・ミンミンに関しても、Chigwell Holdingsと同様にMr Kingの香港オフィスを通じたコネクションが発見された。


BSH: Stadium Sale



これらの情報を踏まえて判断すれば、現在クラブ運営の実権を握っている人物が誰なのかは一目瞭然だ。一見分散しているように見える株式比率は、事実上以下のような理解に繋がる。



ヴォン・ペッチ (GRED及びORI経由) – 39.29%

ポール・スエン (Trillion Trophy Asia経由) – 21.20%

レイ・ストン (Dragon Villa経由) – 12.81%

ジア・ユチャン (Global Mineral経由) – 2.10%

ワン・フェン (Join Supply経由) – 2.03%

ザオ・ウェンキン (BSH会長, 非公開株) – 0.26%

ファン・ドンフェン (BSH CEO, 非公開株) – 0.26%

他のパブリック所有 (BSH及びBCPLCの公開株) – 22.05%

Mr King (ワン・ヤオフイ) – 56.75%

ポール・スエン – 21.20%

他のパブリック所有 – 22.05%



スエンの会社からはしばらくの間、BSHに対する資金投入が行われた形跡がない。即ち、現在クラブ運営にかかる全ての諸費用を賄っているのは、Mr Kingであると考えられる。


彼はこの極めて複雑化させた力学構造の構築により、以下のような経済循環を完成させているとアイヴリーは分析する。



(Mr Kingに代わって)ペッチがバーミンガム・シティの株式を購入するためにBSHへ支払った金銭は、BSHがMr Kingに対して負うローンの返済に充てられるのだ。



BCFC Ownership: A Circular Transaction



Mr Kingはスエンと違い、フットボールクラブの運営への興味も持ち合わせているとされる。ただ残念ながら知識に関しては持ち合わせておらず、誤った形での現場介入を行う傾向があるとの証言が寄せられている。


2017年12月、Mr Kingはフルアムとのアウェイ戦を観戦するためにロンドンを訪れた。健闘を見せたバーミンガムだったが、チェルシーからローンで加入していたジェレミー・ボガがPKを失敗し、チームは0-1で敗れた。

試合後にはコーチングチームとMr Kingとの懇親会が予定されていたが、結果に激怒したMr Kingはその予定をドタキャンし、早々に帰宅の途に着いた。


翌日、大雪の中自宅のあるブリストルへと帰った監督のスティーヴ・コットリルは、CEOレン・シャンドンからの早朝の電話で不愉快な目覚めを迎えた。彼の指示は、「(その日マンチェスターダービーが行われる予定の)オールド・トラッフォードでMTGを行うので、必ず来い」というものだった。


吹雪の中5時間かけてマンチェスターに到着したコットリルを出迎えたのは、「轟雷のような顔をした」Mr Kingだった。

彼はスマートフォンで前日の試合の映像を見せながら、選手全員の顔が入ったフォーメーションアプリをiPadで示し、採用すべきシステムをコットリルにアドバイスした。そのシステムとは、チームで最も創造的で攻撃の軸となる選手であるホタを右ウイングバックに置いたものだった。



Special investigation: Birmingham City on the brink



自助努力


水面下でMr Kingへの依存を強めに強めるBSHだが、その一方で(香港株式市場からの更なる信頼獲得に重要な)健全な独自採算を目指す取り組みとして、クラブ運営以外にも主に3つの事業を展開している。


BSH: What Do They Do?


1つ目のセグメントは、カンボジアのプノンペンで展開している不動産事業だ。高級大型ブロックOne Parkの管理収入がこの事業の軸となっている。


Only OnePark-Defining Global Living


ただもともとこの事業はヴォン・ペッチが管理していたもので、彼がBSHに参画するきっかけにもなったことを踏まえても、やはりMr Kingが噛んでいる事業と見た方がいいかもしれない。


前回の年次報告書の時点で、One Parkからの収入はBSH全体の収益の約10.71%を占めるに留まっている。さらに高所得者層向けのビジネスとあってコロナの影響を大々的に受けており、物件の価値は暴落しているとされる。



2つ目は、2019年7月に買収した中国の宝くじソフトウェア会社である。こちらは全くうまくいっておらず、前回の年次報告書では総収益の1%にも満たない数字を示した。



3つ目は、2020年7月に買収を発表した日本における医療サービス事業会社である。当時の発表で社名は明かされなかったが、後にアイヴリーが行った問い合わせによって、東京都足立区綾瀬に本社を置くMediHub K.K.という会社であることが判明した。


Medi Hub | 医療をつなぎ、社会を支える。Medi Hubの公式サイトです。


このビジネスモデルは興味深いものだ。近年中国では自国ではなく海外での治療を希望する難病患者が増えてきており、アウトバウンドのヘルスケア需要が高まっている。BSHはここに目を付け、日本の医療サービスを中国向けに展開するビジネスを考案した。


実際Medi Hubのホームページにも、BSHとの関連をはっきりと匂わせる箇所がある。同社は中国とカンボジアに海外拠点を構えていることをHP上で紹介しており、そのカンボジア拠点の住所が上述したOne Parkの一室なのだ。



Medi Hubの事業がBSHにどれほどの利益をもたらしているのかはまだわかっていない。しかし前回の年次報告書で総利益の約88%を占めたクラブ運営と同等の数値を叩き出す可能性は低いだろう(仮にそうだとしたら、Medi Hubはもう少し日本でも名の知れた会社になっているはずだ)。



ではなぜ、株式の追加発行を繰り返し、各事業の将来にさしたる光も差し込んでいないBSHは、上場継続のみならずそれなりの株価を維持し続けているのだろうか?


この疑問に対しアイヴリーは、何度かの不自然な株価の動きに目を付け、“pump and dump(風説の流布)” scheme即ち株式操作が行われた形跡を指摘している。もちろんこれは疑いに過ぎず、輪をかけて込み入った話でもあるためここで深く立ち入るのは避けるが、彼の言い分は努めてロジカルで、説得力に満ちたものである。


BCFC Ownership: Understanding the HKSE


しかし現在までに、香港株式市場はこれらの動きに対して何のアクションも見せていない。これはBSHの動きに問題がないからというよりも、より優先して対処すべき大きな問題が市場内に山積しているからと見た方が賢明だろう。

その一例は2017年6月に勃発した「エニグマ・ネットワーク事件」で、これらの市場全体を揺るがしかねない問題に比べれば、BSHの動きなど微々たる懸念に過ぎないのだ。


「謎のネットワーク」が原因か-香港小型株の予期せぬ90%急落



明日の行方


ここまでこの長文を読んでくださった方には、改めて敬意と感謝の念を表したい。

こんな話は訳が分からなくて当然だし、単純明快に説明を済ませる方法などこの世には存在しない。それほどまでにバーミンガムの現在の権力構造は曲がりくねっており、あらゆる意味で歪んだ状態に陥っている。



しかしこれらの情報を踏まえた上で、ダニエル・アイヴリーは2つの重要な点を強調している。


第一に、現在のバーミンガムの経営者たちにとって、ピッチ上でのパフォーマンスはさほど重要ではないということだ。現状それはMr Kingにとってのささやかな楽しみの一つでしかなく、仮に昇格しようが降格しようが、クラブの経営状態に劇的な変化が訪れることはない。


第二に、そこから導き出される逆説的な結論として、今経営における最大のプライオリティとなっているのは、香港株式市場への上場継続であるということだ。現在株主たちがBSHから得ている利益は、この株価の上場を全ての大前提とするものである。これが失われてしまえば、彼らがBSHに関わる理由は何一つとしてない。


つまり(ファンの多くが望む)クラブ所有権への何らかの変化を起こすためには、香港株式市場にBSH株が上場されている状況そのものにアクションを起こす必要がある。(名義上)各所に分散している株をそれぞれ取得するのは現実的ではなく、乗り越えなければならない障壁が多すぎる。


この状況が変わらない限りは、Mr Kingによる事実上の独裁が依然として続くものだと考えられる。

Mr Kingは中国でも数々のトラブルに巻き込まれている人物ではあるが、上述した通り彼自身の名前はクラブのボードルームのどこにも存在しておらず、またフロントマンが所有する株式もうまく分散させているため、彼の一味がEFLによるOwners & Director’s Testにかけられる可能性は極めて低い。


それでもMr Kingのフットボールへの関心が継続している間はまだいい。仮に彼が経営への関心を失ってしまったとしたら。我々は同じくヴァージン諸島拠点の企業にクラブの実権が渡った後、2020年7月にウィガンの地で起きた出来事を想起せずにはいられない。

それは非常に綱渡りで、高い危険性を孕んだ状況なのだ。




2021年、リー・ボウヤーの晴れ晴れとした監督としての帰還と前後して、バーミンガム・シティには様々な特筆級の出来事が起こっている。


その筆頭は、レン・シャンドンの辞任である。彼がCEOの職に留まり続けていた理由は、クラブ内における数少ないMr Kingからの信頼を勝ち得た人物であるが故の、パイプ役としての役割を見込まれていたからだった。

しかし彼は2月、BBC Radio WMでの独占インタビューにおいて、取り返しのつかないミスを冒した。BSHが当期のアカウントを発表する前の段階にあったのにもかかわらず、インタビュー中に2度「クラブは今年670万ポンドの損失を被る」と言及したのだ。


この発言はすぐにウェンキン会長の署名が入った声明で事実無根と否定され、Dongのクラブ内での地位を押し下げたと見られている。彼の肝入りで招聘したアイトール・カランカの解任、その後の成績上昇も当然状況の助けにはならず、文字通りファン全員が望んだ彼の退任が現実のものとなった。


Blues CEO slapped down by boss after financial reporting slip | TheBusinessDesk.com


Dongの解任後、クラブはHP上で “Club Update” と題して、定期的にファンとの情報共有・コミュニケーションを図るようになった。

空席となった強化担当の責任者にはアシスタントマネージャーからクレイグ・ガードナーが横滑りし、この夏には補強予算のない中でライアン・ウッズタヒス・チョン、そして何より選手本人とファンが長年に渡り渇望し続けたトロイ・ディーニーの獲得をまとめてみせた。



しかし災害そのものとも言うべき前任者のツケもまだ残されていた。

今年初頭に判明したTilton Endの老朽化問題はDongが初期対応を後回しにし続けたせいでまだ工事が続いており、バーミンガムはファンがスタジアムを埋め尽くすはずだった今シーズンのホーム開幕戦を、ホーム側スタンド全面封鎖の状態で戦った。

(このストーク戦と次戦のボーンマス戦ではシーズンチケットホルダーに対して抽選が行われ、普段と別の席でかつどちらかの試合にしか入場できないという不評を極めたシステムでの運営となった)


現在はスタンド下段の工事こそ完了したものの、依然として上段のオープンの見込みは立っていない。この件に際して、開幕前のファンフォーラムで「ストーク戦には上段もオープンできる見込み」と語っていたスタジアム責任者のルンギ・マチェボに対しては、未だに根強い不信感がファンベースの中に埋めいている。


長年このクラブを支配し続けてきた透明性とは真逆の部分にあるカルチャーは、果たしてDongの退任によって過去のものとなったのだろうか?

その答えを出すには、今はまだ早計過ぎる時期だ。




バーミンガムが現状から脱け出す手立ては、まだはっきりと見えているとは言い難い。史上最高の瞬間から10年が経ち、ファンは依然として、クラブを取り巻く強大な何かとの不快な均衡状態を余儀なくされている。


ダニエル・アイヴリーもその一人である。この記事で記してきた詳細すぎるほどの情報の数々は、ほぼ彼一人による素晴らしいという言葉では片付けられない程の偉大な活動によってもたらされた。


彼は訓練を受けたジャーナリストではない。名だたる大企業などに勤めているわけでもない、バーミンガムファンの一男性である。私は彼と直接話したことはないが、InstagramやFacebookを通じて繋がっており、そこから垣間見える彼の姿は極めて普通の生活を送っている一般人そのものだ。


アイヴリーを突き動かすものはただ一つ。バーミンガム・シティを愛し、現状を憂う気持ちのみである。彼の偉業とも言うべき調査報道がなければ、バーミンガムを覆う黒いオーナーシップの正体も未だ多くの謎に包まれていたことだろう。




カーソン・ユンがまだ権力を保持していた時代、セント・アンドリュースではよくこのようなチャントが歌われていた。

この実に示唆的で皮肉の効いた歌詞に、昨今のフットボールクラブに付き纏う半永久的な問題が集約されていると言えよう。



We don't care about Carson, (WANKER!)

カーソンなんか(どうなろうが)知らねえよ


He don't care about us, (HE’S A CUNT!)

奴だって(俺らのことなんか)気にしちゃいない


All we care about is BCFC…

俺たちが気にしてるのは、バーミンガム・シティのことだけさ…






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