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それぞれの3年、それぞれの正義 それでもベリーの街はフットボールを求め続ける

 


5月5日のイギリス統一地方選で、グレーター・マンチェスター州のベリー区は大きな注目を集める選挙区となった。2019年の総選挙ではこの地区の2議席を共に保守党が制しながらも、ベリー・ノース選挙区ではわずか105票差、そしてベリー・サウス選挙区では選出されたクリスティアン・ウェイクフォード下院議員が今年1月に労働党へ鞍替え。保守党にとってこのベリーという地は、額面上の議席数以上の意味を持つ場所だった。


「私はベリー・フットボールクラブのファンに心からの拍手を贈りたいと思います。この施設を再び稼働させるための努力と熱意、そしてクラブへのコミットメントは素晴らしいものでした。こういったものやトレイシー・クラウチ・レビューは全てのファンを勇気づけ、歴史あるクラブをその所有者に相応しくない人々から守り、より良い地域社会の実現に寄与するための手立てを我々に与えてくれます」


かつてこの地にフットボールがあったことを示すその場所を、浅慮なボリス・ジョンソンは政治的スタントの場に選んだ。4月25日、快晴のギグ・レーン。3年の時を経て再び街の象徴となったスタジアムを巡り、ベリーの人々が揺れていた。



人々が取り戻そうとした「街のクラブ」。1885年から続く歴史。親子代々に渡って受け継がれてきたフットボールのある日常。


神はまだ、彼らに試練を与える。





スピリチュアル・ホーム


3月初旬の晴れた土曜日、モップとバケツを持った100人ほどのボランティアがギグ・レーンに集まっていた。フットボールを観戦するためではない。「フットボールを観戦できる状態にする」ためだ。


「特別なことです。本当に、本当に待ち焦がれていましたし、家に帰ってきた気分です。本当の家はここから1時間ほど離れた場所にありますが、父からはいつも金曜に『明日も行って、チームの一員にならないとな』と言われていました」


30年以上に渡ってそのルーティーンを続けてきたクリス・ケンドールは、息子のテリーとともにこの1日に参加していた。身体は自然と、かつての指定席だったサウススタンドへと引き寄せられた。撮影したセルフィーには、彼らが不条理にも3年近くに渡り見ることのできなかった景色が写っていた。


親子連れで参加したボランティアはケンドール家だけではない。アンドリュー・ヴィチツキーもかつてのシーズンチケットホルダー。マンチェスター・ロード・エンドの前で大きなゴミ袋を携えるのは、「選択の余地なく」連れてきたという息子のアレックスだ。


「妻からのお許しが出て、息子を初の試合観戦に連れていく直前のことでした。それからあんなことが待ち受けていた。だからそれを実現させてあげるために今ここにいるんです。何よりも大事なことですからね」


「勝つ姿が見たくて、じゃありません。私自身が父と一緒に来ていたからです。息子にも同じことをしようと思っています。酷な話ですが、3年前の出来事は父に大きな影響を及ぼしました。俯きがちになり、私たちはルーティーンを失ったわけです。毎週土曜日にここに来て、2,3時間共に過ごすというのは、ごく当たり前の日常だと思っていました。早く来てビールを飲んで、試合後も一緒に歩いて帰る。全部、なくなってしまいました」




実に134年間にも及ぶベリーFCの歴史が「閉ざされて」から、もう3年の月日が経とうとしている。2013年からクラブを蝕み続けた財政問題は、「アセットストリッパー」たるスティーヴ・デイルの悪意に満ち溢れた経営によって取り返しのつかない状態にまで陥り、2019年8月28日、その時は訪れた。


「街がクラブを奪われる」ことを、あなたはどう思いますか? ベリーが示すフットボール界の閉ざされた未来


当時、日本で最も早く(そして明らかに最も詳細に)この状況を取り上げた当ブログの記事には、ソーシャルメディア上などで大変多くの反応をいただいた。その大半は、控えめに言っても、それまで「ベリーFC」という存在とは縁もゆかりもなかったであろう方々からのものだった。

イングランドにおいても、この3年の間で “Next Bury FC” という言葉がかなり広範な共通理解を伴うものとなった。



サポートするクラブがなくなる」。

ただひたすらに恐ろしく、通常は考えもしないような状況が、悲劇的にも人口約19万人の街を襲った。



除名という究極的な事態に直面してもなお、デイルはベリーFCの所有権を一向に手放さず、人々にとって(また傍から見れば彼自身にとっても)まったく無意味な行為を続けた。

歴史を愚弄する魔の手からファンがクラブを取り戻したのは今年に入ってからのことだ。水面下での動きを続けていた “Bury Football Club Supporters Society (BFCSS)” によるスタジアムの買収手続きが2月に完了し、追ってベリーFCの商号や過去のトロフィー、版権の取得にも成功。そして5月には、遂にクラブとギグ・レーンを行政管理下の状態から脱却させた。


地域レベルでの約450団体からの寄付などもあったが、BFCSSの最も大きな資金源となっているのは、幼少期からのベリーファンで現在はアメリカに拠点を構えるビジネスマンのピーター・アレクサンダーによる後方支援だ。サイバーセキュリティ事業で財を成した彼のモチベーションは、「お金よりもずっと大切なもの」にあるのだという。


「“Investor” になってしまうとリターンを望まざるを得なくなるので、私はクラブの一部を所有こそすれそこからのリターンを一切望まない “Benefactor” になりたいと思っています。(ベリーファンである)祖父は私の人生に大きな影響を与えてくれました。その彼のためにお金を使いたいのです」


新たなベリーFCはドイツで導入されている所謂「50+1ルール」(BFCSSが51%、それ以外が49%というクラブ所有権比率を維持し、外部投資家によるクラブの実効支配を阻止する)を導入し、ギグ・レーンはジムやオフィス空間などを併設したコミュニティアセットとして週7ベースでの利用が予定されている。既に2月からは、ウクライナへの支援品置き場としての役割を全うしてきた。


着々と描かれる新時代に向けての肖像。街で、スタジアムで、失われた時間が取り戻されようとしている。ギグ・レーンのオペレーションダイレクターを勤めるダニエル・バウアーバンクもまた、その人生をベリーFCに捧げてきたサポーターだ。


「思っていたほどではありませんでしたが、それでもある程度の作業は必要な状態です。泥棒や子どもたちが割ったガラスなど、荒らされた跡が至るところに残っています。でもドレッシングルームは不思議なことにほぼ無傷の状態でした。鍵がかけられていたこともあってか、私が初めて入った時にはまだ最後に掃除した際のものであろう漂白剤の匂いすらしましたよ」


ベリーFCにはまだ選手はいない。しかし熟慮の上に構築された新たな組織体制と、その名前、「スピリチュアル・ホーム」を取り戻そうとした人々の情熱がある。




フェニックス


「最大のプライオリティは一刻も早く選手たちをピッチ上に送り出すことでした。その途中にはたくさんの障害もあり、やはり一番はパンデミックで、かなり厳しい状況にも陥りました」


“Shakers Community Society (SCS)” の責任者を務めるフィル・ヤングが語る。ベリーのEFL除名から6週間後、地元のパブに集まった一部のサポーターグループが下した決断は、フェニックスクラブ “ベリーAFC” を結成するというものだった。


ベリーFCの名前は使えない。ギグ・レーンも使えない。それでも、彼らは何らかの形で “Shakers” をフットボール界に残さなければならないと考えた。

ホームスタジアムは4kmほど離れたラドクリフのステイントン・パークに間借りし、19/20シーズンから10部相当のNorth West Counties Leagueに参戦することが決まった。


その最初のシーズン、そして21/22シーズン冬には昇格を見据える2位につけていたチームを、コロナ禍による2シーズン連続のリーグ打ち切りという試練が襲った。


「(21/22シーズンは)選手たちがとても不安げにしていました。やはり彼らの心境としては、『またシーズンが途中で終わってしまうんじゃないのか?』という気持ちがあったと思います。なのでなるべく彼らに寄り添って、ピッチ内外問わずどんなサポートでも行うように心掛けました」


現役時代サンダランドなどでプレイした監督のアンディ・ウェルシュは、750人近くあった応募の中から「クラブに根付かせていきたい価値観を体現している」(ヤング)という理由で、ベリーAFCの初代指揮官に選ばれた。


「それだけにこうして再び皆が一つになり、プレシーズンには複数の選手が不安定な状態にあった中で優勝を果たせたというのが、私にとっては何よりも嬉しいことなのです。きっと来シーズンもタイトルを争うことができるでしょう。私自身もマンキュニアン(マンチェスター出身者)ですから、勤勉なこの地域の人々が土曜に何を見たがっているかはわかっています。それは彼らのチームがよく走り、戦い、そして勝つ姿です」


3月27日のセントへレンズタウン戦、4-0で勝利したベリーAFCは、リーグ優勝・9部への昇格を決めた。何とも数奇なことに、その日スタジアムに集まった観客数は1,885人。ベリーFCの創設年と同じ数字だった。




「ただ失ったものを取り返そうとしているわけではありません。これはまっさらなキャンバスに、『本来フットボールクラブがあるべき姿』を書き込んでいく作業です。真のコミュニティクラブを作り上げることが我々の役目です。このクレストとクラブカラーは我々のルーツを表していますが、あのベリーFCをそっくりそのまま復活させようとは思っていません。その過去には問題があったわけですから」


ヤングの考えに賛同するSCSの会員数は既に4桁に達している。「AFCモデル」にはAFCウィンブルドンという成功例もある。ファンが中心となって作り上げる新時代を見据える彼らもまた、着実に成果を積み重ねてきた。


ベリーAFCにはまだ過去の歴史はない。しかし熟慮の上に構築された新たな組織体制と、ピッチ上で戦った実績、地域にフットボールの灯を残そうとした人々の情熱がある。



それぞれの3年、それぞれの正義が、そこにぶつかり合う。



唯一の道


“Fuck the Phoenix”. 言うまでもなく、これはベリーFC派の人々の合言葉だ。AFC側にも、そういった「敵方」に対する強固な拒否反応を示す層がいる。


あの時失われたクラブをどのような形で蘇らせるべきか

その一点を巡って、ベリーは分断された街となってしまった。


それはクラブの消滅という極めてイレギュラーな事態が生んだ歪みに他ならない。当時の状況に絶望し、自らの手で新たな象徴を作り上げる他ないと信じた人々。絶対悪からも紡いだ歴史を取り戻せると信じ、我慢強く長い年月を過ごした人々。それぞれが己の道を選び、生まれながらの愛に殉じた結果である。


だからこそ、憎しみが生まれる。生まれてしまう。連鎖する。あの時スティーヴ・デイルが、EFLが、FAが守らなかったベリーFCという存在は、3年という年月を経てもなお、ベリーの街に深い傷跡を残し続けている。


たった一つ、確かなことがある。

この街には、2つのクラブが共存できるほどのキャパシティは存在しない。


「誰も間違ったことはしていません。それどころか、誰しもが常にベストと思われる選択肢を取ってきただけのことです。AFCは成功を収めていますが、ギグ・レーンに来るには何らかの妥協をしなければならないでしょう。それから彼らを拒絶する層も少なくありません。どちらの立場も理解できますし、正直なところ私は板挟みです。スタジアムを奪還するのは無理だと考えた人々がAFCを作ったわけですが、予想に反して今それが現実のものとなった。難しい状況です。終着点はわかりませんが、『2つのクラブ』でないことだけは確かです」


少なくとも、ギグ・レーンの清掃に訪れた人々の思いは同じだ。ヴィチツキーの意見にケンドールも同意する。


「この街は1つのチーム、1つの目標を共有しなければいけません。皆に気付いてほしいのです。今AFC派であろうが、FC派であろうが、元はと言えば皆ベリーのファンでした。この分裂はクレイジーなことで、その根源には怒りの感情があります。人々はまだ、3年前にここで起きたことに苦しめられているのです」


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誰しもが頭の中では理解している唯一の選択肢は、2つのクラブの合併だ。既に選手を所有し、リーグピラミッドへの参入を果たしているAFCと現ベリーFCが組み合わさることで、スタジアムの所有権や過去資産の継承、そして何よりも重要な改名を行う。こうすれば、ベリーFCは最速で23/24シーズンにも復活する可能性がある。


7月、これまで協議を続けてきたBFCSSとSCSの両団体が同じタイミングで、支持層に合併の承認を求める声明を発表した。

またこの段階では、より大きな力を持つ第3者のポジティブな介入もあった。もし両クラブの合併が決定した場合、ベリー市議会がベリーFCに45万ポンドの資金注入を行うと発表したのだ。


公的機関の介入はまさしく2019年8月のベリーに足りなかったものであり、同時にクラブ消滅によって街全体が受けたダメージの大きさを象徴している。大声援と遠方からの来客で賑わった土曜日の盛り上がりが過去の亡霊となり、街全体の飲食産業にも計り知れない影響が出た。


フットボールを失った街」、それは葬式場も同然の空間だった。


だから市議会は、街のために資金を投じる決断を下した。両クラブ支持層の間で今後行われる合併投票は、この街にとってのラストチャンスと言っても過言ではない。この機会を逃した先には、かつてのベリーの街はもう二度と戻ってこないかもしれないのだ。



「フットボールが戻ってくる、というのはとてつもなく重要なことになります。我々が行ってきた活動の結果としても大きな成果になりますし、それ以前にギグ・レーンで試合が見れる喜びが生まれるでしょう。これは起こさなければならないことで、今それが失われていること自体が茶番劇なのです。ファンベースが再び一つになるのは感動的なことです。地域コミュニティにとっても、この魂が失われていることは大きな損失になっています。合併は街全体、コミュニティ、ローカルビジネス、全てにとっての大きなブーストになるでしょうし、ポジティブな要素しかありません」


BFCSSで中心的な役割を担ってきたマット・ピックアップがこう語れば、SCSボードのダレン・バーンスタインもこう言う。


「もし合併が起こらなければ、クラブがリーグを追放されたこと以上の悲劇と言ってもいいかもしれません。人々が我々のクラブを再構築しようとしている、もっと言えばよりコミュニティにフォーカスした形での強いエンゲージメントを持つクラブが生まれるかもしれないのです。もし投票が通らなかったとしたら、反対票を投じた『仲間』以外に責任を求める対象はいません。そうなれば、我々は再び全てを失います。ただの内輪もめでこれまでの多くの人々の努力が水の泡になるのだとすれば、これほど悲しいことはありません」




投票結果が出る時期の見通しは、まだ立っていない。おそらくはまだまだ長いプロセスを経て、最終的な決断が下されることになる。


ベリーFCを愛した、いや、今も愛し続ける人々の苦難は続く。それは決して必要のない、誰一人として経験すべきではない、スポーツという概念の中での究極的な立ち位置にある苦難だ。



私には、この投票で反対票を投じる人々を批判するロジックは思い浮かばない。合理的に考えれば、合併した方がいいに決まっている。でも、その置かれた立場を考えれば、ベリーFCにその身を捧げてきた人々の決断に異を唱える気にはならない。


向かうべき道は一つだけかもしれない。それでも、正解は一つではない。


彼らが求めるものは、街全体を象徴する存在。引いては、自らのアイデンティティを象徴する存在なのだ。

ベリーに生まれた人々にとってのそれは、他のほとんどのイングランドの都市と同様に、ベリーFCという地元のフットボールクラブだった。FAカップを2度獲得し、1世紀以上もの間プロリーグで他の街と戦い続けた、誇り高き存在だった。


この街で働き、経済を回し工業の発展に貢献してきた人々が日々の拠り所にしてきたのが、土曜日にギグ・レーンで戦うベリーFCの試合だった。この街に住む親子が休日に絆を深め、年齢を重ねた後も必ず時間を共にする場所が、ベリーFCが戦うギグ・レーンだった。イングランドに住む人々にベリーという街の名前を知らしめてきたのが、フットボールリーグで戦うベリーFCだった。


そのベリーFCが失われた。奪われた。街に住む人々の気持ちは、私の想像力などでは到底及ばない。人生において「全て」と言ってもいい存在を失ったことがないからだ。

だから、そんな人々がどんな決断をしたとしても、我々はそれをリスペクトし、見守るしかない。それぞれが導いた正解の先に成功が待っていることを、祈るしかない。



あれから3年が経った。ベリーの街は依然、痛ましい記憶に苦しんでいる。


それでも人々はフットボールを求め続ける。何にも代え難い、彼らの誇りを、追い求め続けている。




参考文献


How Bury fans' fight to bring Gigg Lane back to life has split a town in half


'So proud': Bury AFC's promotion marks first big step on a different path


Bury at a crossroads over historic merger but fans remain hopeful of homecoming | Will Unwin


What happens to a town when its football club dies?


Bury FC could finally return to Gigg Lane as fans asked to vote on merger


Shakers fans begin work to revive Gigg Lane


Boris Johnson visits Gigg Lane as government announces 'major' football reforms


'It feels great to be with you again': Fans 'buy Bury FC and Gigg Lane out of administration'


New dawn for Bury FC as council vows club "won't go back to the dark age"


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