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新米監督ソルの奮闘が、フットボール界の「原罪」に異を唱える



「わたしは殺したくはなかったのです!」とビッガーは大声を上げた。「わたしがひとを殺したりした理由は、このわたしなんです! わたしの奥深いところに、ひとを殺させるようなものが、ひそんでいたに違いないんです! 殺したりしたのは、それを、猛烈に強く、感じたからに違いないんです……」

「わたしのひとを殺した理由は、正当だったに違いないんです!」ビッガーの声は気も狂いそうなほどの苦悩に満ちていた。「正当だったに違いないんです! 人間が人間を殺す時には、何かがあるんです……わたしは、そのために殺さねばならないほど、せっぱつまった気持になった時までは、自分がほんとうにこの世の中に生きているような気がしなかったのです……それはほんとうのことなんです、マックスさん。今はそれが言えるのは、わたしは死ぬ身だからです。わたしは自分の言っていることを充分に自覚していますし、それがどんなふうに聞えるかも知っているんです。ですけど、わたしはもう大丈夫です。いま言ったようなふうに、ものごとを見ているかぎりは、大丈夫なような気がします……」

アメリカの黒人作家、リチャード・ライトが1940年に発表した小説『アメリカの息子』のラストで、主人公のビッガー・トーマスはこのような言葉を残す。人種とは何か、人間とは何か、運命とは何か、私は考えさせられる思いがした。それが永遠に答えの出ない、勝ち目ゼロの負け戦であることはわかっていても、この問いから目を背ける権利など、我々にはないような気がした。

ここで作品のあらすじを詳しく総ざらいし、それについて拙考を書き連ねるような、野暮な真似はもちろんしない。ただ、(黒人少年ビッガー・トーマスさえも含めた)登場人物全員が、最後まで当時の環境下における「黒人」の存在について明確な答えを出せなかった点に、形容しがたい気持ちを抱いた。我々は何を見て、何を聞いて、何を信じ、生きているのか。自分の感情の奥底にあるファクトを改めて鑑みて、初めて自身の中にひっそりと佇む原罪に直面した。

人種差別とは、無意識なものであるように思う。なぜ黒人は、差別されるのだろうか。いや、黒人に留まらず、欧米に行けば我々黄色人種も奇異の目で見られる対象であるし、逆に日本国内においても、少なくとも不当な労働賃金の問題などは、異なる人種の人間に対する差別と言わずして何と言えるだろう。なぜ人は差別をするのか、そしてなぜ人を差別してはいけないのか。「人はみな平等であるべきだから差別をしてはいけない」。確かにそうだ。しかし、それが確かに人類皆持つべき崇高な理念であることには間違いないとしても、それを半ば暴力的に現実世界へそのまま輸入するのは決して得策ではないということを、『アメリカの息子』を一読された方には理解していただけるはずだ。現実世界はそう単純ではないし、ここには人類が積み上げてきた負の歴史と、改善しなければならない状況がある。そんな中で愚直に平等を謳うことが、被差別集団にとってどんな意味を持つのか、我々は考える必要がある。

だが、確かなこともある。「理由も不明瞭なままに人種差別を行うのは最も恥ずべきこと」であり、「理由が何であれ差別などこの世に存在すべきではない」のである。

前述したとおり、『アメリカの息子』は1940年に出版された、シカゴでの話を描いた小説だ。そして残念なことに、この80年間の間に、人類は成長を遂げることができなかったように思う。

(マクルスフィールド ソル・キャンベル監督)


【無視され続けた男】
1127日、ソル・キャンベルのマクルスフィールド・タウン監督就任が発表されたその日に、ポール・インスは“talkSPORT”の番組で次のように話した。

「マクルスフィールドをコケにしたいわけではないが、レジェンドであり偉大な選手だったソルのような人物が、League Twoで最下位のチームからでしか監督業に足を踏み入れられないというのは、悲しいことだ。スティーヴィー・Gがレンジャーズに行き、フランク・ランパードがダービーに行き、ソルはフットボールリーグ最下位のクラブに行かなきゃいけない。私には受け入れられない。全てにおいて受け入れられない。それでもやっとスタート地点に立てたわけだから、彼がベストを尽くすことを祈っているよ」


インスには、キャンベルに同情する理由がある。2008年、イングランド出身の黒人として初めてプレミアリーグの監督にまで上り詰めた彼は、その2年前に、他ならぬマクルスフィールドで監督キャリアをスタートさせている。その時は選手兼任という立場だったが、同じくLeague Two最下位という状況で就任し、結果的にはチームを残留に導いた。

しかし、現役の立場からそのまま監督になったインスと、引退後6年間も機会を訴え続けたキャンベルとを、同列に並べて比べることなどできない。ましてキャンベルの場合、同時期に代表のチームメイトだった選手たちの存在がある。インスが挙げたジェラード、ランパードの他にも、センターバックスを組んだジョン・テリーは引退後すぐにアストンヴィラのアシスタントに就任し、ギャレス・サウスゲイトはキャンベルの現役時代からミドルズブラの監督を務め、今や大人気のイングランド代表監督だ。ギャリー・ネヴィルはこのことを蒸し返してほしくはないだろうが、ロイ・ホジソンの下で代表のマネジメントチームに入り、バレンシアでのチャンスを得た。兄のフィル・ネヴィルでさえ、イングランド女子チームの監督職を手に入れた。


ここで、キャンベルと同じくLeague Twoで監督キャリアを始めたばかりのポール・スコールズの存在を無視するようなことがあっては、極めてアンフェアな言説であると自ら認めざるを得ない。彼は規則の多い解説の仕事に不満を感じ、監督業への転身を志した。しかし留意すべき点は、キャンベルが一心不乱に手を上げ続けたのとは対照的に、スコールズはさしたる苦労もなく、しかも幼いころからの心のチームでもある、昇格争い中のオールダムの職を得たことだ。本人曰く、「15クラブ近くに断られ続けてきた」というキャンベルからすれば、元同僚たちの華々しい指導者デビューを、素直に喜ぶ気にはなれなかっただろう。

(オールダム ポール・スコールズ監督)

ようやく得た監督職も、はっきり言って、これ以下はないというレベルのものだ。キャンベルの就任前、AFCウィンブルドン、シュルーズベリー、ノッツ・カウンティ、マクルスフィールドに空きが出ている状況の中で、とある在野の監督のエージェントがこう話していたという。「どこから話が来ても受けるはずだ。もちろんマクルスフィールドを除いてね」

『もちろん』。なぜなら、守るべきレピュテーション、あるいは他のオプションを持つ監督が、あの当時のモス・ローズに向かうはずがなかった。開幕から12試合勝てず、キャンベル就任までの19試合でわずか2勝。財政は常に首の皮一枚で繋がっているような状況で、人件費の総額はナショナルリーグの多くのクラブと比べても見劣る。選手たちの中には副業を行っている者も多く、昨シーズンにイーストリーで奇跡のEFL昇格を決めた帰りのバスで彼らは、『口座の中には10ポンド、シルクメンが昇格だ』と歌っていた。

『もちろん』。このような扱いを取り上げる上では、キャンベル本人が抱える問題についても言及しなければならないだろう。選手としてはイングランド代表73キャップを数え、6度のメジャートーナメントに出場した彼の功績は、誰も否定できるようなものではない。しかし、あまりにも有名なスパーズからアーセナルへの移籍騒動などを思い出せば、彼の人間性には、その選手としての実績と同じだけの信頼を寄せることができないのも事実である。

現役引退後も、キャンベルは何度かネガティブな意味での注目を集めてきた。「15クラブほど断られた」内の1つは昨年3月のオックスフォードで、面接で監督候補から落選した後、彼は自ら「私はフットボール界で最も偉大な知性を持った中の1人だ」と言い放ち、多くの人の失笑を買った。2015年にはフットボール界からの冷遇に耐えかね、保守党の候補者としてロンドン市長選に出馬を希望する意向を明らかにしたが、結局候補者に選ばれることはなかった。何より彼は、昨年のロシアワールドカップの解説の際に、「ブラジルとベルギーのどちらが勝つと思いますか?」と聞かれ、「フランスだ」と答えてしまうような男である。





だから、キャンベルに引退後6年間正当なチャンスが与えられなかったことを、全て偏見のせいにして片付けるようなことはできない。それは歴とした逆差別だ。彼の選手時代の実績と同様に、「他者と同じ」1人の人間としての資質も同様に評価して、それから考をめぐらす必要がある。

ただ、そこに偏見が1ミリもなかったとは、誰が言えようか。人が彼のことを透明ではなく、黒みがかった色眼鏡で見ていなかったと、誰が言えようか。「人間としての資質」? それを持ち出すのであれば尚更だ。ならばキャンベルが脇に追いやられる中で、あのジョーイ・バートンが、2年間の活動禁止期間が明ける前からLeague One中位のフリートウッドで監督職を得たことに対して、どこの誰が納得の行く説明をできるというのだろう?

(フリートウッド ジョーイ・バートン監督)


【ルーキー】
キャンベルは、マクルスフィールドを蘇らせた。ただ運命を待つばかりだったチームに、新たな道を切り開いた。シルクメンに、希望を生んだ。

ここまでリーグ戦15試合を戦い、成績は3勝6分6敗。先に書いたとおり、それまで19試合で2勝だったことを考えれば、決して小さくない進歩と捉えていい成績だ。最下位からも脱出し、一時は目前にまで迫った安全圏も現在は再び4ポイント差になってしまっているが、残留への望みは間違いなく広がっている。

キャンベルの就任に対するチームの反応については、12/2付の“FLP”でディフェンダーのデイヴィッド・フィッツパトリックが語っている。

「ソルが監督になると発表があった時、僕らは(当日に試合のあった)エクセターのホテルにいた。その場で今日の試合も見に来ると聞かされたけど、最初彼は『やあ、君たち』と言っただけで、すぐにスタンドに行ってしまったんだ。でもキックオフ前のドレッシングルームに現れると、すぐに戦術についての質問をして、それについての意見を聞かせてくれた。『君はこれをやる、君はそれをやる』というような感じでね。そしてハーフタイムにピッチから戻ってくると、彼はもう待っていた。実際、もうその時点で、彼が監督になっていたね。たくさんノートにメモをしていて、たくさんのアイデアを書き溜めていた。その時から彼のコーチングは始まっていたし、本当にすぐだったよ」

フィッツパトリックによれば、キャンベルはカメラやGPSを練習に取り入れることや、新たなダイエットプランをチーム内に導入することを考えているという。
しかし、この12月の段階では、半ばセミプロと言ってもいい彼ら選手と現役時代大スターだった監督の間には、いくばくかのギャップもあったようだ。人事系のパートジョブを持つフィッツパトリックが続ける。

「彼はより高いものを要求してくるだろうし、大変なハードワークになってくる。でもそういう努力なくして、彼が築いてきたような成功を収めることはできないだろうし、その一員になれることにワクワクしているよ。その心構えがあっても、やっぱり最初の練習では彼の新しいセッションに目を丸くするだろうし、みんなも懸命についていくと思う。ただ現段階で、彼にこれから直面する現実が見えているかはわからないね。僕らはプレミアリーグの選手じゃないし、その能力も彼が慣れ親しんできたものじゃない。練習場のピッチも、施設もそうだ。彼が成功するためには、ここのレベルにまず適応する必要がある。でも、クラブにとってプラスでしかない、素晴らしい人事だと思うよ」

人種という壁を乗り越え、晴れて他者と同じスタート地点に立ったキャンベルにとって、これほど嬉しい悩みはないだろう。キャンベルほどの差がある例は珍しいかもしれないが、自身がプレイしていたのと同レベルのディヴィジョンで指導者デビューをする監督はごく一握りで、それこそジェラードにしても、ランパードにしても、キャンベルとまったく同じ課題をそれぞれの選手たちから最初は突き付けられたはずだ。そこには選手と監督、人と人との間でのフェアな関係があるのみであって、外野からの偏見も、無根拠なステレオタイプも、入り込む余地はない。

ルーキーには、右も左もわからない。逆に言えば、ルーキーになれば、ひたすら無限大の世界が与えられる。そこから何を作り上げていくかは個々人の自由であって、答えは人それぞれにある。ルーキーになれないということは、経験を積めないということだ。右と左という概念を獲得することすら許されず、思い思いに身体を動かし、心を育ませるルーキーたちを、ずっと子宮の中から見守るということだ。

「成長を許されない」。人類の摂理に反する行為だが、実際にソル・キャンベルはつい4ヶ月前まで、これと全く同じ思いを抱いていたのだ。


【差別】
果たして我々は、世界でも最大級の娯楽の1つであるフットボールを楽しむ立場にあっても、自身の中に眠る原罪を捨てきれていると言えるだろうか?

例えば我々がアジアカップで勝ち進み、カタールのような国家と決勝で対戦する場合。日本国内において「カタール=サッカーが強い」というイメージがないからといって、安易に中東の人々に対するステレオタイプ的なイメージを、彼らのサッカーに対してまで適用していないだろうか? 誤解のないように付け加えておくが、この1月、私個人がこのような意見に遭遇することはほぼなかった。しかし少なくとも、欧州のトップレベルでプレイする選手がほとんどいないチームに対して「カタールは連携がない」などと書いた記事が1つでもあった以上は、その状況を憂うべきではないのか?

例えば我々がワールドカップに出場し、セネガル代表と戦う場合。確かに彼らには、マネやクリバリなど、高い身体能力を武器に活躍する選手がいる。では彼らは、ただフィジカルで殴ってくるだけのチームだっただろうか? 少なくとも日本戦ではそうではなかった。他の試合は見ていないが、おそらく日本戦でのみ大幅に違う戦いをしたということはないだろうし、監督のアルー・シセという存在を考えても、そうではないのだろう。ならばそんなことは、日本戦以前から伺い知れたはずだ。コロンビア戦に勝ち、沸き立つ論調の中で、「セネガルは身体能力に注意!」という言葉を何度も耳にした。テレビからも、ネットからも、実際の声からも。

実際に、「マネやクリバリの」身体能力が警戒すべきポイントだったことは間違いない。しかし彼らとて、一流クラブの主力として活躍している選手なのだから、身体能力だけで渡り合っているわけがない。そして何より、「セネガルの身体能力」の次に対となって「日本は持ち味の組織力で対抗すべき」などといった言葉が出てくる場合に、私はえも言われぬ感情に襲われるのだ。

日本代表の強みは何かと聞かれ、無意識の内に「組織力」と言わない自信が、あなたにあるだろうか。
セネガル代表の特徴は何かと聞かれ、無意識の内に「身体能力」と答えない自信が、あなたにあるだろうか。

フットボール界における無意識の差別には、ほとんどの場合確証バイアス、あるいは代表性バイアスが作用しているように思う。つまり、その選手がブラジル出身だからといって足技に特徴を持つ選手だと思い込んでしまったり、アフリカ出身の選手だから足が速いはずだと思い込んでしまったりと、主に民族論的な観点から大きな杓子定規に当てはめてしまい、本質を見誤るというパターンだ。

遠く日本に住んでいると、現在イングランドのフットボール界で大きな問題となっている人種差別問題が、我々には縁のない話のように思えるかもしれない。しかし差別は、実は身近なところに潜んでいるのではないだろうか。私もここまで尊大な筆跡を残してきたが、黒人の選手を見ると、まずはアクロバティックな動きを期待してしまう自分がいることに気付く時がある。それが真っ当か真っ当でないかを判断する前に、そもそもとしてその行為を「差別ではない」と言い切れるのか。間違いなく、言い切れない。

「もしあなたが私の色と名前を隠して、これまでの実績を添えて『この人と面接をしませんか』って推薦状を送ったら、向こうは間違いなくyesと言ってくると思うよ。経験不足は認めざるを得ない。でも最初は、他の誰だって一緒だよ。どこかでスタートしなきゃいけないんだからね。何もないところから、ビッグクラブでの職を得ている人もいる。そして成功するしないにかかわらず、また次の機会を与えられるんだ。ドミノ効果がどう作用していくかわからないというだけで、クラブの歴史に名を残すかもしれない監督を話もせずに取り逃す可能性だってあるんだ。才能を潰しているよ。その人は面接で驚くような受け答えをして、印象がガラッと変わるかもしれないのに」


キャンベルの発言には、積もり積もった怨念が込められている。彼は以前、「もし私が白人なら、あと10年は代表のキャプテンをやれていただろう」と言ったことがあった。ポール・インスでさえ「10年もイングランド代表のキャプテンをやる奴なんかいない」と苦言を呈したほどに突拍子もない発言だったが、ここから伺えるのは、彼はその44年の人生の中で、幾度となく、そしておそらく多くは望まぬ形で、「黒人である」ということを意識させられてきたのだろう。それほどまでに彼は、自身の待遇と、黒人であることの関連を強調することが多い。


傍から見れば、それは言い訳のようにも聞こえるかもしれない。しかし、10年とはいかないまでもイングランド代表のキャプテンを務め、一流のフットボーラーとして活躍を続けた男の持つ自信は、同じ立場に立ってみて初めて想像に及ぶものだ。ソル・キャンベルは間違いなく偉大な男であり、他の代表での同僚たちと同様に、少なくともマクルスフィールドよりは大きなクラブでのチャンスに値する選手だった。

彼にとって、黒い肌を持って生まれてきたことは、憎むべき運命だったかもしれない。しかしこれまで、常にそれを反骨心に変え、結果に変えてきたからこそ、今のソル・キャンベルがある。

人の持つ原罪を浄化するのは、それをも上回る強烈な記憶しかない。44歳、新米監督の彼には、果たすべき使命があるのだ。

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