愛ゆえの「兼任ファン」 - EFLから見るフットボール

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愛ゆえの「兼任ファン」



「兼任ファン」という言葉に不快感を示す人は多い。例えばそれが日本のチームと海外のチームであるならまだしも、「プレミアではマンUとリヴァプールとウェストハムとボーンマスを応援している」と言われて良い顔をする人はいないだろうし、「本当に好きなの?」と思われてしまっても無理はない。

それがイングランドであれば殊更である。フットボールクラブとは、その町の誇り。フットボールクラブとは、その地域を象徴するもの。試合がある度にスタジアムまで足を運び、自らの化身たる選手たちに声援を送り、結果に一喜一憂する。そんな運命を重ね合わせるクラブという存在を、「兼任」できるわけがない。

だが、偽りもなく本気だからこそ、彼らには「兼任」することができるのかもしれない。
怒りに打ち震えるボルトン・ワンダラーズのサポーターたちの行動が、大きな注目を集めている。

(ボルトン ケン・アンダーソン会長)

【会長直々の「お誘い」】

今週末、ボルトンのサポーターたちの中には、マンデーナイトに行われるウェストブロムとのホームゲームではなく、土曜の15時にLeague Twoのフォレストグリーン(以下FGRと表記)が試合を行うザ・ニューローンに赴こうという動きが広がっている。
ボルトンからグロスターシャーまでは往復でおよそ320マイルかかることを考えれば、決して楽ではない遠征だが、ボルトンファンの鼻息は荒い。

今回の一件は、FGRの会長、デイル・ヴィンスによる非常にクレバーな動きによるものだ。ボルトンにはこの日試合がなく、FGRの対戦相手はボルトンの最大のライバルであるベリー。そして彼は、この試合に訪れたボルトンファンに対し、ビールを一杯無料でプレゼントすると約束している。


全ての発端になったのは、夏にFGRからボルトンへの移籍を果たしたFWクリスティアン・ドーイッジを巡る一件だった。

26歳のドーイッジは、チームの昇格初年度だった昨シーズンにリーグ戦15ゴールを記録し、空中戦での強さを武器とするLeague Two屈指のストライカーとして知られるようになった。
多くのクラブからの関心が寄せられる中で、夏のデッドラインデイにボルトンが彼の獲得に成功。しかし完全移籍が認められる期間は終わっていたため、1月まではローンという形でボルトンでプレイし、その後1月に合意した移籍金100万ポンドが支払われるという段取りが組まれていた。

問題が表面化したのは1月3日のことだった。財政難に苦しむボルトンに対し、EFLはこの日までに新たな選手登録の禁止処分を通告。このため、形式的にローン移籍から完全移籍への移行というステップを控えていたドーイッジとGKレミ・マシューズ(ノリッジから同様の契約で加入していた)は、公式戦でプレイできない立場に置かれてしまったのだ。

これを受け、先にノリッジがマシューズのクラブ復帰を発表すると、後を追ってFGRもドーイッジの復帰を発表する。そしてヴィンスは自身のFacebookの投稿の中で、過去4ヶ月の間ドーイッジの給料を全額FGRが支払っていたこと、ボルトンのケン・アンダーソン会長が全ての約束を破ったことを明かし、大きな反響を呼んだ。

それからというもの、今に至るまで、ヴィンスとアンダーソンの醜い言い争いは続いている。
アンダーソンのことを「ペテン師のオーナー」と呼び、“NO KEN DO”と書かれたTシャツを販売し収益をボルトンのサポーターズトラストに全額寄付すると発言したヴィンスに対し、一度は「返答することで同じレベルまで落ちたくない」と発言しながらも、その1日後に公式サイト上で1,100字にも上る長文を掲載したアンダーソンは、ヴィンスを「フットボール界で最も奇妙な人間」と呼び、“YES WE KEN”と書かれたTシャツを販売し収益をEcotricity(ヴィンスが経営するグリーンカンパニー)の従業員に全額寄付すると発言した。



【ファンにとっての正義】

しかし、見るに堪えない人格攻撃の裏で、1人の罪のない選手が翻弄されていることを忘れてはならない。

キャリアの大半をノンリーグで過ごしてきたドーイッジにとって、苦労の末に掴んだチャンピオンシップへの移籍は、何にも増して特別なことだったはずだ。
彼は既にランカシャーに家を買っていた。ボルトンに骨を埋め、100万ポンドという高額な移籍金に似合うだけの活躍をしようという決意を、間違いなくドーイッジは抱いていた。

アンダーソンの行ったことは、冷酷無比な裏切りだ。

1月の完全移籍での買い取りは法的に定められた義務だったと主張するヴィンスに対し、アンダーソンは登録制限がある以上、買い取ることはどうあがいても不可能なのだから仕方ないと反論する。

ならば夏、彼がFGRとドーイッジに100万ポンドの移籍金の支払いを約束したその時、今の状況を予見することは本当に無理だったのだろうか?

アンダーソン体制下でのボルトンは、常に財政面での問題に悩まされてきた。201512月から2年近くに渡って移籍禁止処分が続き、今シーズン開幕前の6月には給与未払いを理由に選手たちがストライキを起こした。
ドーイッジ獲得直後の9月には債権者企業とのローン返済額の合意ができず、1週間後に亡くなった元オーナー、エディ・デイヴィスから500万ポンドの融資を受けることでなんとか破産を回避。その後も11,12月分の給与を支払うことができず、PFA(プロサッカー選手協会)からの助けを得て支払いを済ませたが、その件を巡ってTwitterに批判的な投稿をした地元紙の番記者マーク・アイルズはアンダーソンによりクラブ出禁となった。

財政難で知られるボルトンを信用してしまったFGRとドーイッジにも、責任の一端はあるかもしれない。
しかし責任転嫁を繰り返すアンダーソン以外に、いったい誰が彼らを責められようというのだろう。フットボールリーグ史上最も小さな人口5,800人の街の、2年前に初めてプロリーグに到達したクラブにとって、100万ポンドという移籍金はどのような意味を持つものなのか。今まさに選手としての全盛期を迎えるクリスティアン・ドーイッジにとって、プレミアリーグで栄光の日々を過ごしたボルトンというクラブへの移籍は、どのような意味を持つものなのか。

ボルトンのファンには、それがわかっている。
そして何より、彼らの間には、愛するクラブを恥ずべき存在に変貌させた、ケン・アンダーソンへの怒りが渦巻いている。

ファンのコミュニティサイト “Lion Of Vienna Suite” には、「土曜日にフォレストグリーンへ行く理由」という記事が掲載されている。そこには負の時代を過ごすボルトンファンによる、魂の叫びが綴られている。

「これはモナコにベースを置く男のクラブよりも、もっともっとそれだけの価値があるクラブに我々の金銭を捧げるチャンスだ。ビーガン用のチキンバルチパイを食べ、ホームスタンドからクリスティアン・ドーイッジに声援を送るチャンスだ。我々の会長に正義の鉄槌を下した男に報いるチャンスだ。デイル・ヴィンスの存在なしにして、マクロンでのウェストブロム戦で抗議を行うことはできなかっただろう。我々には彼に対する責任がある」

それは決して、約束を破られた人間に対する哀れみではない。
それは決して、前例のない行動で目立っている人間への冷やかしでもない。

それは、望まれぬ戦いの中に生まれた、真の友情だ。
それは、ボルトンを本気で思っているからこそ生まれた、誇るべき「兼任」だ。

ボルトンファンの明日なき戦いに、終わりは訪れるのだろうか。

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