ESCによって世界各地へ開かれる英国フットボール界への門戸 なぜ日本人とJリーグが「結果的に選ばれる」のか? - EFLから見るフットボール

ESCによって世界各地へ開かれる英国フットボール界への門戸 なぜ日本人とJリーグが「結果的に選ばれる」のか?



以前このブログで英国フットボール界における新たなワークパーミットのルール、GBEシステム」についての記事をアップしたのは、今からもう4年近くも前のことになる。


これをアップした当時の私はまだ知らなかった。後にいかほどまでにGBEが「話題の中心」となり得るかを!


Twitterでこの記事以上にセルフ引用した執筆物はおそらくない。それは(剰えEFLには関係のない)三笘薫の移籍に始まり、中山雄太の移籍に端を発するEFL・とりわけチャンピオンシップへの日本人流入の説明においても大いに有用だったし、この夏の一連の動きに際してはもはや大前提とも言うべき上流の出来事として参照する必要に迫られた。当時は日本人選手にまつわる言説などひとつも想定せずに書いていたものだが、それがこうして思わぬ方向に進みこのブログの知名度向上にも繋がるのだから、Brexitも捨てたものではなかった(もちろん冗談だ)。


しかしこの夏、4年前に「直接移籍は難しくなった」と書いたJリーグからの直接移籍が発生し始めた状況下で、GBEに付随して明らかに補足説明をしておくべき事項が出てきた。2023年夏から導入されたワークパーミット特別枠、「ESC」である。


おそらくESCはこの夏だけでなく、少なくとも今後数年に渡って続くであろう日本人選手とEFLの関係強化を読み解く上で、詳細な理解が不可欠なルールの1つだ。「なぜJからイングランドに直で行く選手が出るようになったのか?」。最初は誰もが抱くであろう疑問への大部分の答えがこの中に詰まっている。


依然として誰かのイングランドへの移籍話が出ると「代表戦に出ていないと労働許可が出ないはずだ」などと物知り顔で語る人もいるが、もう今の状況ではそういったネット知識人層に議論を合わせている場合ではないので、今回の記事ではGBEのことは既に知識が共有されている前提条件として話を進める。その上でESCとはそもそも何か、どんな目的があるのか、導入によって何が変わるのかを見ていく。そうすることで日本人選手・Jクラブにもたらされる影響、起こるべき環境の変化についても併せて論を進めることができるからだ。


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GBEの要件と問題点


FAが発行しているGBE・ESCについてのクライテリアを参照し現行ルールについての解釈を行う。なお記述はすべて執筆時点での最新版である24/25シーズンの要件に基づく。各シーズン毎に記載は更新されているが、例年微調整程度の変更に留まることが多い。


まず重要な考え方として、これがフットボーラーという特殊な職業の話題であることを一旦脇に置き、「英国籍を持たない外国民がイングランドで労働・滞在許可を得るための仕組み」としてこの話を理解する必要がある。私自身この5月まで1年間イギリスに滞在したが、ビザの要件として現地での就労活動は行えず、国の面積に比して明らかに人の流入が過剰になっている英国の現状も目の当たりにした。世界中から様々な人が様々なバックグラウンドと共に機会を求めてやってきているのがこの国である。誰でも彼でも働かせていては自国民の生活が成り立たない。


外国籍を持つ人がイギリスで働くためにはまずビザが必要で、そのビザを発給してもらうためにはそれ相応の信頼度を持った機関がスポンサーとなりその身分や能力を保証する必要がある。英国移住を目指したことのある人にとっては身近に感じられる話だろう。


フットボール選手にとってのスポンサーはもちろん所属クラブであり、その所属クラブのスポンサーとなるのがFAだ。FAはイギリス政府から認められたフットボールの統括機関であるため、選手の労働許可発給に関する発言力を有している。そして前述の観点からFAは独自にビザ発給の基準を設定しており、Brexitに伴って従前より多くの選手の審査が必要になったことから、新システムとしてGBE(Governing Body Endorsement)が設けられた。


繰り返しになるが、GBEの発給条件についての詳細は前回の記事を参照されたい。基本的には下記6つの項目(僅かだが当時から変更があった部分は以下の表に反映している)で合計15ポイントを獲得できれば問題なくGBEが発給される。








また前回執筆時から状況が変わっている点として、リーグバンドの変更が挙げられる。後述するが、特に2023年からJリーグがバンド5に昇格したことが非常に大きな意味を持つ。




こうして思わぬ副産物としてEU圏外からの選手獲得を容易にした “Brexitball” は、EFLにもガブリエル・サラヤセル・アスプリージャのような素晴らしい贈り物をもたらした。と、ここまで書くと良いことづくめのようにも思えるルール変更だが、特に大きな改訂もなく運用された2年半を経て、(世にも珍しく団結した)各クラブからは一つの不満が上がるようになっていた。


それは「獲得可能な選手プールが少なくなることで移籍金が高騰する」という目を背けがたい事実に関するものだった。若い選手を先物買いすることができない、せっかくまだあまり注目されていない原石を見つけてもリーグレベルが低いせいでGBEが下りない、結果として足元も見られて良いビジネスを行うことができない。いくら財政的に優位に立っているとは言えども、イングランドのクラブ全体にとってサステナブルとは到底言い難い状況に陥っていくことは目に見えていた。


Premier League clubs united in belief post-Brexit signings system is bad for business



ESC選手の対象要件・クラブの利用可能枠


必要ポイントの引き下げなど様々な案も考慮された中で、結果的に2023年の6月から導入されたその状況への改善策が、“ESC (Elite Significant Contribution)” 選手枠の新設だ。


奇妙なことに、実は “ESC” の頭文字定義はFAのクライテリア上でさえなされていないものの、この選手枠の要件定義については以下のような記載がある。


クラブはFAに対し、当該選手が『エリート選手』でありこの国のスポーツに対して重要な貢献を行う能力があると証明できた場合に、その選手に対するESC枠としてのGBEを取得することができる


そしてその証明に際しては、以下のうち1つ以上の条件をクリアする必要がある。


  • FIFAランク50位以上の国の代表として1試合以上の国際大会公式戦に出場(過去2年間)
  • FIFAランクに関わらず、5試合以上の国際大会公式戦に出場(過去2年間)
  • FIFAランク50位以上の国の代表として1試合以上の国際ユース大会公式戦に出場(過去1年間)
  • FIFAランクに関わらず、5試合以上の国際ユース大会公式戦に出場(過去1年間)
  • (クラブ)大陸間大会で1試合以上に出場(過去2年間)
  • (クラブ)バンド5以上の国内リーグ戦で5試合以上に出場(過去2年間)
  • (クラブ)大陸間ユース大会で1試合以上に出場(過去2年間)
  • (クラブ)国内ユース大会で5試合以上に出場(過去2年間)


早い話が「一定以上のレベルを認められた試合で一定のプレイ経験があればいい」と括ってしまってもいいだろう。誰でも認められるわけではないが、最大の問題意識が存在していた「才能はあるが所属するリーグレベルのせいでポイントが足りず移籍できない」状況は概ねカバーしている。


その中で注目すべきは、6番目の「バンド5以上の国内リーグ戦で5試合以上に出場」という項目だ(実は先日のFootballistaの記事で誤った記載をしてしまったが、先方の素早い対応により修正してもらった。この場を借りて改めて謝意を表したい)。先に記した通り2023年からJ1がバンド5に昇格したことで、この夏に移籍した多くの日本人選手がESC適用への資格をこの項目経由で得ることができた。つまり1年前までの状況であれば、バンド6だったJリーグからEFLへの直接移籍は依然として難しいままだったのだ。


そのためJ2やJ3からの直接移籍はほぼ不可能なままだが、平河悠大橋祐紀横山歩夢らの移籍は1年前のリーグバンド見直しによって実現したものだ。同時に中国スーパーリーグなどがバンド6に降格したこの見直しの具体的な基準については明らかになっていないが、少なくとも実務に関わるわけではない我々ファンにとってみれば、Jリーグに対する好意的な評価とだけ受け止めておくべきだろう。



対して、そのESC選手を迎え入れるクラブ側に適用される条件もある。


まず1つのクラブが同時に利用できるESCスロットは、プレミアリーグとチャンピオンシップでは4枠までLeague OneとLeague Twoでは2枠までと決まっている。またこれらの数は前シーズンにおけるEQP(England Qualified Player, イングランド代表としての出場資格を持つ選手)の出場時間数によって増減する。



この他に代表関連でいくつか追加枠を獲得できる条項があるものの、その場合でも1つのクラブが所有するESCスロットの上限は4のままなので、「最大4人までGBEポイント不足の選手を登録できるシステム」と覚えておけば認識に齟齬はない。


ただ簡単にその4枠を獲得できるわけではなく、昨シーズンの数字からの純粋な推算ではノリッジ(29.8%)が2枠、ワトフォード(18%)が0枠の獲得に留まると目される(ワトフォードは何らかの形で1枠を獲得しているようだが)。そもそもこの出場時間の計算はほぼ全公式戦が対象になるため非常に複雑かつ難解で、現実問題としていったいどこまでの精度でクラブ側が管理を行うことが可能なのかは不透明でもある。これに昇降格等も絡んでくるため、(間違いなく激務であろうFAの担当部門も含めて)クラブにとっては頭を悩ませざるを得ない状況になる。


他方幸いなことに、加入から12ヶ月が経った後には「ESC選手が通常のワークパーミットを取得しESC枠から外れる」仕組みも用意されている。


これには2種類の方法がある。1つ目は従来のGBEプロセスに基づき、シーズンの成績が15ポイントに達している場合だ。チャンピオンシップがバンド2であるため、2部に来た選手はある程度の試合(出場時間にして半分以上)に出ていればこのルートでESCから外れることができる。


2つ目はそのシーズン(アプライ日から遡って12ヶ月間)の出場時間だ。前述のEQPの出場時間計算と同じ方法で、下記の数字をクリアすることが必要となる。



総じて言えば、この「ESC枠経由」でのGBE取得に設定されたハードルは比較的低いと言っていい。EQP以外の選手ばかりを使っていると肝心のESCスロットが減ってしまうというデメリットこそあるものの、逆に言うと目立った短所はそれくらいしかなく、ESCの導入によって各クラブの補強戦略・獲得可能プールは飛躍的に広がった。


ルール導入があまりにも移籍市場開幕の直前だった昨年こそサンダランドなど一部の例外を除き有効活用例は見られなかったが、1年間の助走期間を経た今年の夏、各クラブは一気にESCの恩恵を授かり始めた。もちろんその延長線上には相次ぐJリーグからEFLへの直接移籍がある。何ら驚くべきことではないし、その流れが一過性で終わると考えるべき理由も見当たらない。



必然にして起こる日本人選手のEFL移籍


単に「いろんなリーグから選手を取りやすくなった」という環境面の理由を挙げるだけでは、その中でも過去類を見ないレベルで日本人選手への関心が高まる背景を説明することはできない。「日本人選手が選ばれる」理由まで考えない限り、意味のある考察とは言えない。


Footballistaの記事とも重複する部分になるが、この部分について私が考え付く点はいくつかある。


まず第一に、スカウティング環境の変化だ。WyScoutを中心とした各種プラットフォームの登場・発展がフットボール界にもたらした変化はもはや言うに及ばない。当然ながらこれまではクラブ側がJリーグをターゲットの1つとして選定し、そこにフィジカルに人材を送り込まなければ、Jの選手のスカウティングを行うことすらままならなかった。それが今やプラットフォームによっていつでもどこでも選手の映像を確認でき、様々な変数によって世界各地の選手との比較検討を横並びで行うことまでできる。


先日のEFLのトークでも話したように、私の先入観を大きく覆すきっかけとなったのが昨年7月、三好康児の獲得に至るまでの話をクレイグ・ガードナー(バーミンガムのテクニカルダイレクター)に直接聞いた時だ。


ベルギーリーグに所属していた三好のことを最初からマークしていたわけではなく、彼らが使っていたプラットフォームで様々なアンダーラインデータからなる条件で検索をかけたところ三好がヒットしてきたこと。代理人からの売り込み等ではなかったため最初連絡を取るのに苦労したこと。多くのクラブが怪我明けの彼に群がっていたこと。

ガードナーの話はいずれも具体的で、「現代的なスカウティング」に関する私のイメージをより鮮明にしてくれた。


それと関連する2点目が昨今のEFL(特にチャンピオンシップ)における戦術的なトレンドだ。23/24シーズンには3バックから4バックへの顕著な移行が進み、得点王ランキングにはストライカーと同等かそれ以上にサイドの選手が名を連ねるワイドフォワード全盛の時代にあって、現状の日本の選手プールにおいて最も層の厚いポジションがEFLの大きな需要と見事に重なっている。


ゴールやアシストといった基礎的な数字だけでフットボールを見る時代がようやく終わり、より細かいアンダーラインデータをもって選手を評価することが当たり前になったことで、スピードや俊敏性といった部分でフィジカル的な強みを持つ選手が多い日本のプールから流入するケースが増える。これは確率論的に必然の帰結で、坂元達裕のブレイクスルーに始まり平河悠横山歩夢斉藤光毅といったポジション・スタイル的な偏りが生まれている点からもそれは明らかだ。


だからこそ今の状態を「日本人ブーム」と呼ぶことに個人的には強い違和感がある。もっと誤解を恐れずに言えば、今のスカウティングはそんな低い次元の考え方では展開されていない。それはまるで誰かが始めたことを他のクラブが猿真似しているかのような印象を受ける言い方だが、実際のところはたまたまその最初になったのがハダースフィールドでありバーミンガムでありコヴェントリーだっただけで、元所属のリーグがどこであろうがある程度フラットに選手を取れるルール整備がなされた時点で、ほぼ全てのチームが日本のプールを視野に入れていたことはもはや疑いようがない。


それも「日本人だから取っている」わけではなく、「取ろうと思った選手が日本人だった」ケースが(もちろん全てとは断言できないにしても)どう考えてもほとんどだ。Jリーグから選手を取る時にJリーグへの専任的なスカウティングが必要なくなった時代だからこそ、結果的に日本人選手が選ばれるのだ。現にEFL所属で日本人を取ったクラブは1つとしてソーシャルメディア上での日本語公式アカウント等は開設しておらず、その他の諸々の要素を懸案しても、所謂「マーケティング目当て」の補強戦略だとは到底考えられない(昨年1年間誰よりも近くバーミンガム・シティに寄り添った日本人として私にはこれを断言する権利があると思う)。


そしてその方向性をさらに加速させる第3の要素がある。日本人選手・Jリーグの周縁に現状存在しているコストバリューだ。


もちろん私は選手やクラブ周りの詳細な状況を知っているわけではないし、契約周りの事柄については客観的な情報収集以外に何一つとして判断材料を持たない。ただその客観的な観察をもってする限りは、この日本人選手の移籍増の最大と言っていい背景として、「データから算出できる価値と比してあまりにも安い」獲得コストという要素があるように思われる


先日この考えを補強する上でとても心強い文献を見つけた。8月9日に公開された日本サッカーエージェント協会の田邊伸明会長へのインタビュー記事だ(ちなみに田邊氏の会社は角田涼太朗横山歩夢の代理人でもある)。


エージェント・田邊伸明氏に聞く、Jリーグ夏の移籍トレンドと深層。「Jクラブが欧州にセカンドチームを持つ時代が来る」【無料公開】


このインタビューの内容は基本的にこの夏を通して私が発信してきたことにかなり近く、率直に言ってかなり嬉しかった(自分の観察眼に自信が持てたので!)のと同時に、その中でも強調されている部分が移籍金の安さだったことに膝を打った。このことについては既に何度か引用しているオリ・オコネルの記事のように英語文献ではかなり広く知られていたことだが、日本側の当事者中の当事者からしても同じ認識だったことを確認できる点で非常に大きな価値がある。


日本人選手の評価が高まる一因には当然プラットフォームの進化と比例するデータ至上主義の伸長がある。ではなぜそれが広まったかと言えば、世界的に(とりわけイングランドでは)高騰する移籍金の状況を受けて、各クラブが補強戦略においてコストバリューの観点を極端に重視し始めたからだ。


使えるお金が限られているからこそプラットフォームを使ってスカウティング予算を効率化し、アンダーラインデータを用いて隠れた価値を持つ選手を発掘する。安く取った選手を活躍させて高値で売り、その移籍金やセルオンで予算を拡大しまた新たな投資に回す。これまでのパイの外にも積極的に目を向けて予算の可能性を広げる。今ではその環境がデファクトスタンダードになったため逆に差異化が難しくなってはいるものの、裏を返せばそれくらいその考え方が当たり前になっていて、十分なコストパフォーマンスが見込める市場には当然の如く各クラブが群がっていく。


翻って日本の市場、特にJリーグに目を向けると、(これこそ完全に主観の域を出ない意見だが)「移籍ビジネス」の未成熟さを感じざるを得ない。


この夏の平河や大橋の移籍に際して多くのJリーグファンの意見を目にする機会があったが、(彼ら2人のケースがどうこうということではなく)例えばイングランドでは当たり前に議論の前提となる「契約が残り1年だから安くはなるが、それでもこの夏に売って少しでも移籍金を得た方がいい」のような観点での意見をほぼ見かけないのが印象的だった。「このままでは日本(クラブ)からいい選手がいなくなってしまう」とかそんな具合に、「選手の放出」で連続性を途切れさせてしまう見方が多いように思う。


もちろんファンは実務を行う立場ではないが、ファンの議論がそういった方向に進むのはクラブ側がそういった価値観しか提示していないからに他ならない。日本のスポーツ界に根強い生え抜き至上主義の考え方もおそらく影響しているのだろう。それを求めること自体は当然悪いことではないにしても、一つの因果関係としてそういった事務的な側面(契約)というよりはセンチメントが強い考え方が安価での主力流出に繋がっていることは疑いようのない事実に思える。もう細部まで引用するのは避けるが、今年1月の "The Athletic" の記事には日本のクラブの「驚くほど素直な」移籍交渉についての経験談がまざまざと綴られている。


Scouting in Asia: Korea, Postecoglou and why Japan is football's 'best value' market


Jリーグとプレミアリーグ(or欧州にある特定のリーグ)が近い将来に同格になる可能性がほぼ存在しない現状では、Jのクラブは海外への選手の放出を余儀なくされるシーンをマストで想定しなければいけない。となれば次に考えるべきは選手を適正価格で売ることであって、そのためには①データを用いて選手の適正価格を精度高く評価すること、②それに基づき違約金を強気に設定して安価での流出を防ぐこと、の2点は少なくとも必要不可欠になる。


ただ現状では①もそんな話(選手獲得の際にアンダーラインデータを重視した、など。そもそもJの試合でxGどうこうですらあまり聞かない)はあまり聞こえてこず、それ以上に②が選手サイドの需要を満たさないため難航することが目に見えている。そこでクラブ側に打てる手は何かと言われれば提示する給料を増やすというシンプルな答えに辿り着かざるを得ず、そのためにはサッカークラブとしてよりビジネス的にレベルアップして金周りを向上させるしかないとの結論に行きつく(少なくとも私の素人目線では)。


結局のところ、それができないのであれば競争原理の結果として搾取され続けるだけに過ぎない。これまでと違う点は、日本にあるJリーグが世界的なフットボール界の競争原理に組み込まれたということである。それだけなのだが、それが全てだ。代理人サイドである田邊氏のインタビューではイングランドの制度変更は準備できていたことだと語られているが、この夏の状況を見る限り、クラブサイドがその状況の変化を予見して対処できていたようには思えない。フットボールに留まらず一般社会的に人材の流動性が加速する昨今にあって、これに近い出来事がいずれ起こることは十分に想定できたはずだが、現状はクローズドな国内市場のスタンダードを前提に作られ維持されてきたシステムの隙をまんまとイングランドに突かれている様相に思えてならない。


皮肉なことに、ピッチ内での進歩は十分にその変化に適応できていたように思える。だからこそJ1はバンド5になり、今では準レギュラー格の選手でさえ海外移籍の対象になる。果たしてその真の価値に日本国内が気付いていたのか。ある一方での顕著な進歩は、翻って他方での停滞を如実に物語る。



だからこそこの夏の出来事は大きなパラダイムシフトのきっかけになって然るべきだ。彼がどんなにブラックバーンで活躍するのだと仮定しても28歳の大橋祐紀の移籍を巡る議論で「リリースクローズ」などという単語が交わされるのはあまりにもグローバルスタンダードからかけ離れているし、そういった見識も含めてJリーグもより国際的な移籍市場の一部としての立ち位置にシフトしていかなければいけないはずだ。


それが引いてはリーグレベルの向上に繋がり、財政の潤いに繋がり、より健全なクラブとしての在り方に繋がっていく。考え方も含めたガラパゴス化もまた1つの道ではあるだろうが、その先にワールドカップなどでぶつかる(それ自体特に実態もなく提示される)「世界の壁」を乗り越える未来が待つようには到底思えない。


幸いなことに、イングランドの地では日本人選手のレベルの高さがまじまじと証明されている。まだ怪我でデビューを果たしていない角田と平河を除けば、中山、三好、坂元といった先人たちの活躍は言うに及ばず、大橋は70年以上ぶりにブラックバーンで加入からの3試合連続ゴールを挙げた選手となり、斉藤と横山も途中交代で入ったデビュー戦でアシストをマークした。(シーズン完走となれば18ヶ月ぶっ続けでのプレイとなる)日程面のディスアドバンテージは別として、「Jからの移籍」と聞いてレベル面での危惧を抱くイングランドのファンはもうほぼいない


ならばそれを防ぐために全力を注ぐのではなく、そこから最大限の利益を得る方に力を注ぐべきだ。その方がみんなが得するし、よりファン目線で見たとしても、「移籍でクラブが潤う実利」と「選手に対する移籍への怒り」は最悪の場合両立もできる。それは良い意味で別問題だ。


当然私などにこんなことを言われるまでもなく、現場の強化部は既に策を練っていることと思う。もしかしたら計画ではなく実行の段階で問題が出ているのかもしれない。真相はわからないが、少なくとも我々の目に見えているのは「EFLのクラブにいいようにやられているJリーグ」である。これはおそらく誰も否定しようがない。


私のようなEFLを中心に見ている人間からすれば、その観測範囲に日本人選手がたくさん来てくれることには喜び以外のどんな感情も入る隙間がない。しかしそれが故に、選手の取引に際して対等な交渉ができているようには見えない放出側の状況が気になってしまう。選手にとって移籍金が不当に低いことがメリットになるのは、クラブへの加入を果たすその瞬間まででもある。


だからこの状況には少しでも早く、ポジティヴな意味での変化が起こってほしい。こんなにお買い得でなくとも、日本人選手は「結果的に」これからもEFLへとやって来られるはずなのだから。




参考文献


Introducing ESC: the new GBE guidance opens up recruitment post Brexit - Analytics FC


Premier League clubs united in belief post-Brexit signings system is bad for business


Scouting in Asia: Korea, Postecoglou and why Japan is football's 'best value' market

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