そう、それは歴としたワールドカップだ。
戦争が起こっている。疫病も流行している。どうやら、カタールはホストカントリーに相応しい国ではない。FIFAは、どうやらフットボールの統括機関として相応しくない。
それでも、これは2022年のFIFAワールドカップ カタールだ。選りすぐりの32ヶ国の代表が、「フットボール世界一」をかけて争う大会だ。
フットボールを生業にする選手たちの夢舞台だ。小さい頃からボールに慣れ親しんで育ったかつての少年たちが目指した舞台だ。
どのような思いで臨み、どのような主張を行ってもいい。少なくとも彼らにはピッチ上に立つか立たないかを選ぶ自由があるし、この場所に辿り着いた自らを誇りに思う権利がある。
全てを尊重し、全てを受け入れ、全てを祝福する。どうか今回のワールドカップも、少しでもあるべき世の中の縮図であってほしい。
世界最高峰の舞台に辿り着いた選手たちの中には、EFLでプレイする精鋭が30名含まれている。
皆、このカタールでのスポットライトを目指して、誰もが挑んだことのない「シーズン中のワールドカップに向けたアピール」に取り組んできた。
国旗を背負うに相応しいだけの実力を示すため、各々のクラブで身を粉にして働いた。詰まりに詰まった日程の中、怪我をせずにそれをやりきった。
だからこそ、普段の彼らを知らない人に、そんな素晴らしい選手たちのことをもっと知ってもらいたい。
あまり意味のないことではあるが、「EFL」の看板も背負って戦う30名の選手たち。この記事では、その中でとりわけ注目しておきたい4つの存在を紹介する。
ワールドカップなんだから、たまにはこういう記事もいいだろう!
1. イリアス・チェアー(QPR)モロッコ代表
ウェストロンドンでの6年の旅路を経て、イリアス・チェアーが遂に晴れの国際舞台へと羽ばたく時がやってきた。
身長158cmの小さな大巨人、ついたあだ名はもちろん “Big Ilias”。18/19シーズン前半、近年のEFLローン移籍史に残るスティーヴネッジでの大活躍を経て、今や彼はチャンピオンシップというリーグにとってなくてはならない存在だ。
ユニークな出自を持つ。父はモロッコ人、母はポーランド人、生まれはベルギーのアントワープ。さらにそこからプロ契約前に更なる旅に出ることを選び、2017年1月に練習生からQPRの下部組織に加入。
その実に小柄なカタログスペックに惑わされてしまいそうになるが、ベルギー時代はクルブ・ブルッヘのアカデミーからキャリアをスタートさせているようにイメージ通りの技術も当然持つ一方、イングランドで6年揉まれた経験は伊達ではない。1人でゴリゴリとサイドを突破し、ほとんどが彼より体格で勝る2部のDFたちとも互角以上に渡り合う。
その中でもう一段階段を上りつつある今季、スタッツ面が彼の活躍を裏付ける。
ここまでリーグ戦全試合出場、アシスト数はリーグトップタイの6。しかしそれ以上の傑出度を示すのはアンダーラインデータで、xA 0.26とChances Created 2.19(共にオープンプレイ)、Chance Creating Carries 49回はいずれも単独でリーグトップ。さらにShot Creating Actions 116回はリーグ唯一の3桁の数字で、2位ノーウッドにすら24回の差をつける圧巻の回数である。
そのためこれらを総合しての攻撃貢献度5.18はリーグ2位。彼の上を行くのは今季「ミトロ級」の数字を最前線で叩き出しているオリー・マクバーニー(5.20)だけで、3位のチームメイト クリス・ウィロックの4.41という数字を考えれば、もうこれ以上の説明は不要だろう。
(via OptaAnalyst, FBref)
「QPRに来たのが6年前、そして今モロッコ代表としてワールドカップに向かおうとしている。とても誇らしい功績ですし、またQPRの一員としても本当に嬉しいです。QPRこそが私がここまで来られた一番の要因ですから」
Chair credits QPR after realising World Cup dream
25歳、初めてのワールドカップ、モロッコ代表の前線にはウェストロンドンの大きな誇り。
イリアスが「みんなに見つかる」大会になるかも。
*How to pronounce him*
もしかすると、フランス語に準拠すれば「イリアス・シャイル」かもしれない。でもEFL Loverとしては絶対に「イリアス・チェアー」!
本人もインタビューなどで何度もそう呼ばれて訂正していないので、きっとそれでも本人的には嫌な思いはしていないはず。
2. イリマン・エンジャーイ(シェフィールド・ユナイテッド)セネガル代表
国民的スター、サディオ・マネの負傷離脱に悲しみ広がるセネガル代表にとって、ピンチをチャンスに変える若手の台頭はまさに待ち望まれるところ。
ならばとっておきの人材がスチールシティからカタールへ。22歳、代表2キャップ、イリマン・エンジャーイに全ベットの英断はいかがか。
フランス・ルーアン出身。かつてはマルセイユの下部組織にいた時期もあり、その後は家庭の事情でセネガルへの移住も経て、イングランド初挑戦は2017年の5部ボレアムウッド移籍。そこでもトップ出場はなかったが、あるトーナメントでの際立ったパフォーマンスがきっかけで2019年にシェフィールド・ユナイテッドのアカデミーにやってきた。
彼の成長を語る上で、ポール・ヘッキングボトムの名前を避けて通ることはできない。
ブレイズがまだプレミアリーグにいた20/21シーズンの後半、彼にトップデビューの機会を与えたのは暫定監督だった彼だ。本格的なデビューシーズンとなった21/22シーズンも、エンジャーイがチームの主力として定着したのは、11月にヘッキングボトムが監督に就任した後だった。
「(エンジャーイの代表招集は)紛れもなく素晴らしいストーリーです。ぜひワールドカップでも、ここでプレイしているように活躍してくれたら嬉しいですね。クラブとしてもこれは非常に大きいことで、(アダム・デイヴィスと合わせて)2人もあの舞台に送り出せるわけですから、とても誇りに思います」
ヘッキングボトムはかつて、エンジャーイのことを「ハードワーカーかつ教え甲斐があり、一緒に働けること自体が喜び」と評していた。監督就任から1年が経っても依然上昇カーブを描き続ける彼のブレイズ、その中核をなすエンジャーイの選手としてのキャラクターを象徴するのは、その屈強なメンタリティと万能な攻撃センスである。
Iliman Ndiaye - a maverick, but not a luxury player. A potential star of the Championship in 22/23.
— Not The Top 20 Pod (@NTT20Pod) July 8, 2022
How much of the MGW attacking burden can he shoulder?
If he can improve his composure in front of goal, he's capable of putting up big numbers.#EFL21Under21 @SheffieldUnited pic.twitter.com/RvANDuEma4
上の動画内で言われているように、エンジャーイは常に「何かを起こす」ためのプレイを試みる選手だ。大冒険のキャリー、隙をついてのキラーパス、目ざとくコースを見つけての果敢なシュート。さらに守勢に回った際には、鋭く相手に食いつきプレスバックの最先鋒ともなる。
2022年に入って以降、エンジャーイの主戦場は3-5-2における2トップの一角。昨シーズン猫の目のように変わったその相方は今季から大復活を遂げたオリー・マクバーニーに固定されたが、本職ストライカーではないながらもこのポジションに据え置かれ多くの選手とペアを組んだという事実は、彼がいかに多岐に渡る形でのチームへの貢献を行えるかを雄弁に証言する。
前目のポジションならどこでもできるため、チームが本職ストライカーを並べるためにフォーメーションを変える際には、交代するのではなくほぼ例外なくトップ下に下がる。
そのような使われ方の中での今季7ゴールはxG 7.3から紡ぎ出されたもの。名うてのストライカーたちの中でも、しっかり「右上象限」に入ってくるものだ。
Iliman Ndiaye - One of the Most Exciting Players in the Championship Right Now
チームの攻撃を動かす上で必要なあらゆる要素を兼ね備えるエンジャーイに、ワールドカップという絶好の舞台が訪れる。
ボレアムウッドにいた頃、あまりにもフットボールに熱中し勉強をやりたがらない彼に対し、コーチが「フットボーラーになれなかったら一体どうするつもりなのか」と聞いたことがあった。彼は「いや、僕はフットボーラーになりますから」と答えたという。
大志を抱いた少年の初めての晴れ舞台。イリマンにとってのそれが、幸多からんカタールでの日々になることを願って。
*How to pronounce him*
これも母国発音に倣えば「エンディアイェ」なのかもしれないが、イングランドで慣れ親しまれているのは「エンジャーイ」。これも本人的には問題ないよう。
3. クリスティアン・ビエリク(バーミンガム)ポーランド代表
2度にわたる大怪我とダービーでの苦悩の日々を経て、「ワールドカップに出るため」にローンでやってきたバーミンガムでの大活躍。不撓不屈のクリスティアン・ビエリクには、リーグ屈指の守備的MFとしての稀有なスキルと共に、誰しもが持ち合わせるわけではないマインドセットがある。
「(移籍を決めた)1つめの理由は自分自身のキャリアと成長のためです。これまで多くの時間が失われ、もう24歳になってしまいました。League Oneよりも上のレベルでプレイしたかったですし、これに関しては過去にもずっと隠さずに言ってきたことです」
「2つ目の理由は代表監督からの要望です。彼からも同様にはっきりと、League Oneよりも高いレベルでプレイしてほしいと言われていました。『League Oneでプレイしている選手はワールドカップには十分ではない』と。変なことを言う人ではないので、これはチャンピオンシップに行って頑張らないと、ワールドカップには行けないなと思いました」
Krystian Bielik opens up on returning to Blues and his Derby County exit
かつてアーセナルに所属し将来を嘱望された過去は、今や彼にとって遠い昔の出来事であるように思える。「まだ24歳」ではなく「もう24歳」。ビエリクが歩んできたキャリアの波瀾万丈ぶりが、その言葉から垣間見える。
彼がイングランドにやってきたのは2015年冬のこと。アーセナルでのトップチーム出場は結局果たせなかったが、そう出てくるタイプではない足元の技術を持った長身のCB/守備的MFとして、ずっと将来を嘱望され続けた存在だった。
バーミンガム(1度目)、ウォルソールを経て、PO経由のチャンピオンシップ昇格を果たしたチャールトンでのローンで一気に才能が開花。そこに目を付けたメル・モリス時代のダービーが完全移籍での獲得に動き、先物買いの800万ポンドで彼を買い取ることに成功した。
最初の悲劇が訪れたのはそのシーズン、2020年1月のことだった。調整で出場したU23の試合で右膝の前十字靭帯を負傷、10ヶ月の離脱を余儀なくされた。
そして11月に復帰を果たした後の2021年1月。つまりちょうど1年後、彼は再び同じ右膝の前十字靭帯を負傷してしまった。
ピッチ上に大粒の涙が滴り落ちた。ほぼ間髪入れずに続いた前十字靭帯の負傷。単純な恐怖との戦いと共に、ビエリクのキャリアを暗雲が覆った。
極め付けは所属クラブの状況だ。再び再起を果たした昨年秋、ビエリクが所属するダービー・カウンティはクラブ消滅の危機と戦っていた。ある意味では彼自身の移籍にも象徴される無謀な経営計画が仇となり、補強禁止処分と勝ち点21の剥奪を携えながらシーズンを過ごしていたのだ。
ビエリクは中盤の底で従来のクオリティを見せた。しかし、彼一人でどうにかできる問題ではなかった。ダービーは降格、ワールドカップイヤーを3部で迎えることになった彼には、もう無駄にできる時間などなかった。
依然としてクラブ買収も成立せず、クラブ基盤が不安定な状態に置かれたままのバーミンガムにとっても、ローンとはいえビエリク獲得は一種の賭けとなった。もちろん身体が万全ならば本来彼らが獲得できるレベルの選手ではない。それでも稼働率が低すぎる。貴重なローンスポットを一つ無駄にすることになるかもしれない。
バーミンガムはビエリクと運命を共にする道を選んだ。
そして彼は、パフォーマンスでその期待に応えた。
「移籍してきた時、実は左膝に少し問題を抱えていました。もう片方の膝が2度も靭帯をやってしまったわけですから、こちらにも負荷がかかるのは当然です。それでも監督、全てのメディカルスタッフ、そしてチームのみんながチャンスを与えてくれて、ローンで獲得してくれました。そして健康体の状況にして、ピッチに戻してくれたんです」
「本当にその時間をくれたことに感謝していますし、そのおかげで彼らのために試合を戦うことができます。『ポジションはあるから』とリハビリ中に言ってくれた監督(ジョン・ユースティス)の言葉も本当にうれしかったです。ワールドカップが持つ意味も理解してくれているわけですから。皆が私のことを思いやって、期待してくれているのがわかります。ここにいられてとても幸せです」
9月初旬にビエリクが戻ってきて以降、彼が出場した試合のバーミンガムは6勝4分3敗。8月以前も含め出場しなかった試合が1勝3分4敗であることを考えれば、彼が中盤の底で発揮しているプレゼンスの大きさは明らかだ。
そしてバーミンガムは見事にミッションを成功させ、中盤を組むチームメイトのハンニバル(チュニジア)と共にビエリクをワールドカップの舞台に送り込むことに成功した。
彼は最後のチャンスを掴み取った。そして物語の再スタート地点に立った。
ビエリクは「まだ24歳」なのだと、今なら言える気がする。
4. ウェールズ代表
30人中12人がこのチームに集まる。ガレス・ベイルを除けば、ダニエル・ジェイムズも、ブレナン・ジョンソンも、主力の大半はEFLでのプレイ経験を持っている。
アダム・デイヴィスはバーンズリー時代からお馴染みの顔。ベン・カバンゴとトム・ロッキャーの2人はここ数シーズンの活躍を考えればCBコンビを組んでもおかしくはない。
チーム最年長にして最多キャップを誇るクリス・ガンターは、今季AFCウィンブルドンでなんとRWBとして奮闘している。ウェールズ語を話したカフーのバドワイザー広告での登場は、“Cymru Cafu” ことコナー・ロバーツの存在と無関係ではないだろう。
ソルバ・トーマスのハダースフィールドを支えるプレースキックが見たい。怪我から何とか間に合ってほしいジョー・アレンの(もしかしたら最後の)代表での雄姿が見たい。苦しむMKドンズで奮闘するマット・スミスのフレッシュさも見たい。
今シーズンそう多くの機会を与えられていないジョー・モレルの憂さ晴らしだって考えられる。ジョニエスタはまだ29歳、L2からでも当然のように選ばれるのはジョニー・ウィリアムズの証明されたスキルがあるからこそ。
そして地元クラブ、カーディフの未来を背負う2人。ルービン・コールウィルが、マーク・ハリスが、ウェールズ全体の希望となってほしい。
集いしメンバーはさながら「EFLの現在」と言っても差し支えないかもしれない。そして彼らを率いるのは、こちらもEFLでの指揮経験を持つロブ・ペイジだ。
もう何も語る必要はない。イングランド戦、渾身の下剋上に期待が集まる。
2022年ワールドカップに参加するEFL所属選手リスト
・オーストラリア
ライリー・マグリー(ミドルズブラ)
ハリー・スーター(ストーク)
ベイリー・ライト(サンダランド)
・カメルーン
オリヴィエ・エンチャム(スウォンジー)
・カナダ
ジュニア・ホイレット(レディング)
・コスタリカ
ジューイソン・ベネット(サンダランド)
・ガーナ
ババ・ラーマン(レディング)
アントワン・セメンヨ(ブリストル・シティ)
・モロッコ
イリアス・チェアー(QPR)
アナス・ザルーリー(バーンリー)
・ポーランド
クリスティアン・ビエリク(バーミンガム)
・セネガル
セニ・ディエン(QPR)
ママドゥ・ルーム(レディング)
イリマン・エンジャーイ(シェフィールド・ユナイテッド)
イスマイラ・サール(ワトフォード)
・チュニジア
ハンニバル(バーミンガム)
・アメリカ
イーサン・ホーヴァス(ルートン)
ジョシュ・サージェント(ノリッジ)
・ウェールズ
アダム・デイヴィス(シェフィールド・ユナイテッド)
ベン・カバンゴ(スウォンジー)
トム・ロッキャー(ルートン)
クリス・ガンター(AFCウィンブルドン)
コナー・ロバーツ(バーンリー)
ソルバ・トーマス(ハダースフィールド)
ジョー・アレン(スウォンジー)
マット・スミス(MKドンズ)
ジョー・モレル(ポーツマス)
ジョニー・ウィリアムズ(スウィンドン)
ルービン・コールウィル(カーディフ)
マーク・ハリス(カーディフ)
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