2020年は紛れもなく、コロナウイルスの年だった。今なお変異を続けその威力を増すパンデミックの脅威に、人々が、フットボール界が、懸命の戦いを強いられ続けた。
しかしその途方もなく大きな影に隠れて、2020年のイギリスの話題を独占する予定だった一大事案が、ひっそりと実効の時を迎えようとしている。まさに今日、12月31日は、イギリスがEUの一員として過ごす最後の日である。
政治・経済・社会面での影響は一旦さておくとして、準備期間として設けられたこの1年の間に、なんとかフットボール界もpost-Brexit時代に向けた道筋を整備した。その象徴となるのが、明日オープンする冬の移籍市場から適用される新たな労働条件のルールだ。
2020年最後のブログ更新では、英国フットボール界の移籍の仕組みを根本的に変える新制度の紹介から、来年以降に待つ混沌とした未来を展望する。
新ルールはどのように機能するのか?
今回のルール変更に伴う現状からの大きな変更点としては、①国外からの18歳未満の選手獲得が禁止となる、②EU圏内の選手を自由に獲得できなくなる、の2点が挙げられる。
Plan agreed on entry requirements for overseas players in England post-Brexit in 2021
①は、元々FIFAが定めている18歳未満の選手の国際移籍を禁じるルールによるものだ。EU内には16歳以上18歳未満の選手の移籍を認める取り決めがあり、過去にセスク・ファブレガスやエクトル・ベジェリンらがこれを利用しイングランドにやってきたが、今後同様の移籍は二度と起こらない。
(またEFLは対象外だが、プレミアリーグのクラブは21歳以下の選手も2021年1月の移籍市場では3人まで、それ以降は1シーズンにつき6人までしか獲得できなくなる)
②はより大きな問題だ。これまでEU圏内であればフリーパスだった労働許可証のシステムが変わることで、英国籍を持たない選手を獲得する際のハードルが格段に上がってしまう。
今後彼らが英国でプレイするためには、FAが発行する“Governing Body Endorsement” (GBE)を取得しなければならない。これはポイントベースのシステムで、その選手が本当に(自国の選手の出場機会を奪ってまで)英国でプレイするだけの実力を持っているか否かを見定めるための条件だ。
考慮される項目は、①国際試合出場数、②リーグ出場時間、③国際カップ戦出場時間、④リーグ順位、⑤国際カップ戦での勝ち上がり、⑥リーグの質、の6つで、これらの合計が15ポイントを超えればGBEが発給される。また10-14ポイントであれば、この1月のみ設置される審議パネルでクラブ側にアピールの余地が与えられる(夏以降の設置は未定)。
ではそのポイントはどのような条件のもと与えられるのか。詳細を下記に示した。
(前提条件)
FAのガイドラインでは、リーグや国際カップ戦のレベル分けに「バンド」という言葉を用いている。このバンド分けにより、与えられるポイントの要件が左右される(なお国内カップ戦はなぜか一律で対象外)。
【バンド1】
リーグ:プレミアリーグ(イングランド)、ブンデスリーガ(ドイツ)、ラ・リーガ(スペイン)、セリエA(イタリア)、リーグ・アン(フランス)
国際カップ戦:UEFAチャンピオンズリーグ、コパ・リベルタドーレス
【バンド2】
リーグ:プリメイラ・リーガ(ポルトガル)、エールディヴィジ(オランダ)、ファースト・ディビジョンA(ベルギー)、シュペル・リグ(トルコ)、チャンピオンシップ(イングランド2部)
国際カップ戦:UEFAヨーロッパリーグ、コパ・スダメリカーナ
【バンド3】
リーグ:ロシア・プレミアリーグ(ロシア)、カンピオナート・ブラジレイロ・セリエA(ブラジル)、プリメーラ・ディビシオン(アルゼンチン)、リーガMX(メキシコ)、プレミアシップ(スコットランド)
国際カップ戦:バンド1, 2以外の全ての国際カップ戦
【バンド4】
リーグ:ファースト・リーグ(チェコ)、ファースト・フットボール・リーグ(クロアチア)、スーパーリーグ(スイス)、セグンダ・ディビシオン(スペイン2部)、2. ブンデスリーガ(ドイツ2部)、ウクライナ・プレミアリーグ(ウクライナ)、スーパーリーグ(ギリシャ)、カテゴリア・プリメーラA(コロンビア)、メジャーリーグサッカー(アメリカ・カナダ)、オーストリア・ブンデスリーガ(オーストリア)、リーグ・ドゥ(フランス2部)
【バンド5】
リーグ:スーペルリーガ(セルビア)、スーペルリーガ(デンマーク)、エクストラクラサ(ポーランド)、プルヴァリーガ(スロヴェニア)、プリメーラ・ディビシオン(チリ)、プリメーラ・ディビシオン(ウルグアイ)、中国スーパーリーグ(中国)
【バンド6】
リーグ:それ以外の全てのリーグ
なおローンなどで1シーズン複数のチームに所属した選手の場合は、合計ポイント数が多くなる方の成績が対象となる。
このバンド分けからは、事実上南米の選手の獲得要件が以前よりも緩和されていることがわかる。またJリーグはバンド6に入っているため、日本から英国への直接移籍は以前よりも難しくなった。
①国際試合出場数
各選手は直近1年間での代表戦での出場数によってポイントを獲得することができる。以前EU圏外の選手に対して用いられていた審査要件からはオートパスの対象が広がっており、それなりに強い国の代表レギュラー格はこれだけでGBEを得ることができる。
ここでオートパスとならなかった場合には、次に前所属クラブでの成績が参照される(実はこれも以前までのルールではなかったことだ)。ここではリーグのバンドが高ければ高いほど、与えられるポイントが大きくなる。
②リーグ出場時間
各選手は直近1年間における国内リーグ戦での出場時間数に応じてポイントを獲得できる。
(単純な出場試合数ではない)
③国際カップ戦出場時間
各選手は直近1年間における国際カップ戦の出場時間に応じてポイントを獲得できる。
④リーグ順位
各選手は前シーズンの所属クラブのリーグ順位に応じてポイントを獲得できる。なお1試合もベンチ入りしていない場合ポイントは与えられない。
⑤国際カップ戦での勝ち上がり
各選手は前シーズン所属クラブでの国際カップ戦での成績に応じてポイントを獲得できる。なお1試合もベンチ入りしていない場合ポイントは与えられない。
⑥リーグの質
各選手は前シーズンの所属クラブのリーグバンドに応じてポイントを獲得できる。なお1試合もベンチ入りしていない場合ポイントは与えられない。
(この他にユース年代の選手向けにいくつかの規定が設定されているが、ここでは割愛する)
バンド1のリーグに所属していた選手は、仮に1試合マッチデイスカッドに入っていただけでも12ポイントを獲得できるため、基本的には楽にGBEを取得することができる。つまりプレミアリーグ勢にとっては、このルールはさしたる意味を持つものではない。
補強戦略の見直しを迫られるのは、主に海外から安価で優れた才能を狙うEFL勢だ。例えば新ルールの下では、このマジシャンの移籍がブロックされていたことだろう。
エミ・ブエンディア(2018年6月ノリッジ加入, ポイント対象は17/18シーズンのクルトゥラル・レオネーサ)
①国際試合:なし
②リーグ出場時間(バンド4):84% (3162/3780) →
5ポイント
③国際カップ戦出場時間:なし
④リーグ順位(バンド4):19位(降格) → 0ポイント
⑤国際カップ戦での勝ち上がり:なし
⑥リーグの質:スペイン2部(バンド4) → 6ポイント
合計:11ポイント
この場合ノリッジは審議パネルにアピールを行うことができるが、基準に4ポイントも足りていない上、前所属クラブが降格している点も「特別な事情」を認めさせる上では不利に働くだろう(逆にバンド1に所属するヘタフェからのローニーだったことは有利な材料になる)。
この夏に加入し主力級の働きを見せている選手の中では、バーミンガムのイバン・サンチェス(←スペイン2部)、リンカーンのルイス・モンツマ(←オランダ2部)といった辺りが15ポイントに遠く及ばない。
新ルールの影響を多分に受けそうなブレントフォードでは、ニール・マペイ、サイード・ベンラーマ、ブライアン・エンベウモ(←全員フランス2部)といった近年の大エースたちが全員15ポイントに届いておらず、ドルトムントのオファーを跳ね除け先日契約延長を果たしたマルクス・フォルス(ウェストブロム←フィンランド)なども英国に来ていなかった可能性が高い。
さらにポイントシステムが導入されるのは選手だけではない。男女それぞれの監督、アシスタントマネージャー、フットボールダイレクター、パフォーマンスマネージャーにもGBE取得のための条件が設定されている。
例えば監督とアシスタントマネージャーには、「3年以上または2年連続バンド5以上のリーグで指揮を執った経験」が要求される。大半の監督であればクリアできそうな条件だが、共にスチュアート・ウェバー案件のデイヴィッド・ヴァグナーとダニエル・ファルケは双方ともドイツでのプロクラブ指揮経験がないため、ハダースフィールドとノリッジをプレミア昇格に導けなかったことになる。
また先日ワトフォードの新監督に就任したシスコ・ムニョスも、監督としてはジョージアのディナモ・トビリシでしか指揮を執っていないため、1月以降にGBEを取得できていたとは考えづらい。スピード感のあるウラディミール・イヴィッチ解任の背景には、このような事情もあったのだろう。
予想される影響は?
第一に心配されるのは、ノリッジ、ブレントフォード、バーンズリーといった国外からの独創的な補強をチーム戦略の主軸に置くチームの動向である。特にブレントフォードのデンマークコネクション(バンド5)は、ほぼ機能不全の状態に置かれることが予想される。
10-14ポイントの選手に対する審議パネルの塩梅がまだ測りかねる現状では、ドイツ2部やオーストリア(バンド4)の繋がりも頼りにはできない。これらのチームにとって冬の補強戦略という面から言えば、11月にようやくFA、プレミアリーグ、EFLの3者合意、12月に政府の承認が出て正式発表という最終決定までの遅さは、些か酷だったという他にない。
とはいえ、海外からの補強が一切できなくなるわけではない。新たなポイント制の下で重要な取引先となるのは、ベルギー、ポルトガル、トルコといったバンド2のリーグだ。既にレスター、ブライトン、シェフィールド・ユナイテッドといったクラブがベルギーに提携クラブを作っており、同様の動きが多くのクラブに広がっていくものと思われる。
当然、こういったグループ化の動きは世界のフットボール勢力図をより一部のビッグクラブ中心にしていくものだが、その富の集中から財政面で恩恵を受ける存在も現れる。クルーやエクセターといった優れたアカデミーを持つ下部クラブだ。
以前にも増して英国籍の有望な若手選手が貴重な存在となる中で、特にコロナ禍で長期的な経営損害を被ったクラブにとっては、アカデミーでの選手育成が文字通り命綱となるかもしれない。
この点でもう一つ考慮すべきは、今シーズンからLeague One, Twoで導入されたサラリーキャップとの相乗効果だ。
厳しい上限が設定されたサラリーキャップ制度下では、既に給与総額にカウントされない21歳以下の選手の価値が上昇している。そして海外からの若手青田買いを禁じる新ポイント制が施行されれば、少しでも自前の若手のショーケースとするべく、多くのクラブがより積極的な若手起用を行うだろう。
そこで弾き出されるのは、ちょうど21歳を迎えサラリーキャップの対象に入ってくる年代の選手たちだ。今後下部リーグでプレイする若手選手にとっては、まず21歳までに爪痕を残せるかどうかが一つの分水嶺となり、そこを過ぎれば週給の観点からも、国外移籍という選択を取る選手が増えていく可能性が大いに考えられる。
(この夏にMKドンズからトゥールーズ(フランス2部)に移籍したリース・ヒーリー。11月28日からリーグ戦6試合連続ゴールを決めるなど大活躍を見せている)
なんにせよ、イギリス国民の生活を変えるBrexitの影響は、確実にフットボール界にも及んでいく。パンデミックという予想外の変数まで加わった中で、post-Brexitの世界には観測気球を上げることすら容易ではない。
紹介してきたポイントシステムも、どうやらまずは1月に試験運用という色合いが強いようだ。明らかに負荷が大きそうな審議パネルのシステムも含め、夏に向けて再び協議が重ねられていくものと思われる。
withコロナ、with-Brexitの未来に待つものは何か。1月の移籍市場はそれを見極める上での出発点となる。
参考資料一覧
Plan agreed on entry requirements for overseas players in England post-Brexit in 2021
No U18 signings, partner clubs and fast thinking: English football post-Brexit
New Work Permit Requirements For Players Moving To English Clubs Post-Brexit
*NEW MONDAY POD*
— Not The Top 20 Pod (@NTT20Pod) December 7, 2020
- Usual C'ship weekend review.
- Brexit's impact on EFL Transfers w/ @SBunching of @insightMrkt.
- L1: Lincoln, Gills, Lee Johnson & more
- L2: Chelt, Carlisle & more
Timecodes in pod description 👇
SC: https://t.co/7D8PCadm28
iT: https://t.co/Wfirs5gygj pic.twitter.com/Vgx1GXFcis
0 件のコメント :
コメントを投稿